2013年01月18日

本に導かれて

年末から成田稔『日本の癩対策から何を学ぶか』を読んでいた。ハンセン病に関する書籍のほとんどは読んできたが,2009年6月に発刊された550ページの大著は買ったままに机の横に置いたままになっていた。

ハンセン病の歴史的考察としては,『「いのち」の近代史』など藤野豊氏一連の労作や大谷藤郎氏の『らい予防法廃止の歴史』,各ハンセン病療養所が編纂した記念誌などがあるが,本書はこれら労作以上の体系的な「ハンセン病問題史」である。もっと早くに読めば良かったと後悔さえする。

なぜこのような国家的規模の悲劇が百数十年間にもわたり続いてきたのかを,成田氏の言葉を借りれば「癩を病んで終生隔離された人に共感もせず,共存までも阻んできた施策の歴史を,書き残さなくてはならない思い」から,膨大な資料をもとに究明しようとした試みである。
特に,各療養所自治会の機関誌や記念誌,関係資料を丹念に読み込み,さらに専門医としての医学上の歴史的変遷に関する分析も含めて,実に仔細な考察を行っている。
この一冊で,我が国のハンセン病問題の歴史を概観することができると言っても過言ではないだろう。


本の中に紹介(引用)されていた内容からその本へと,その本や著者に興味がわいて次の本へと導かれていくことは多い。

本書の一節に,1951年に山梨県の寒村で起こった「一家九人服毒心中事件」に関する記述があった。事件自体は知ってはいたが,本書に「伊波敏男のよる詳細なルポルタージュがある」と書かれていて,伊波氏の著書『夏椿,そして』が紹介されていた。

急ぎ,伊波氏の著書を古書店で探して購入し,一気に読了した。
本書は品切れ・絶版となっていたが,現在は大幅な加筆・改稿が行われ,さらに新稿を加えて書名も『ゆうなの花の季と』と改めて出版されている。

本書は,伊波氏がまるで運命の糸に手繰り寄せられるように,各地で息を潜めて生きるハンセン病回復者の過去と内に深く秘めた思いを,詩情豊かな語り口で伝えていくルポルタージュである。

だが,描かれる一人一人の壮絶な半生は,思わず「もしハンセン病に罹患していなければ…」と考え込んでしまうほどに苛烈で酷い。ハンセン病に罹患したために人生を狂わされた人々だけでなく,ハンセン病はその家族や親族,友人・知人さえも容赦なく「ちがう人生」を歩ませてしまう。

複雑に絡み合った「要因」を解きほぐしてみても,ただ虚しさだけが残る。誰一人として悲しみをもたない人間はいない。誰もが無情の思いをもつ。それがハンセン病問題の深刻さである。

伊波氏とはどのような人だろうか。彼の自伝ともいえる『花に逢はん』を入手して読んだ。休日の朝に届いた本書を,昼食も忘れるほどに夢中で読み耽った。


今まで療養所の中におられる入所者の方を中心にハンセン病問題を考えてきた。もちろん,社会に復帰された方が多くおられることを知らないわけではなかったが,彼らの秘した生活に思いを馳せるだけだった。しかし,それは甘い認識でしかなかったことを,伊波氏の著書から痛感させられた。

伊波氏のもとに,「ハンセン病」という運命の糸に手繰り寄せられるかのように,数奇な人生を送らざるを得なかった人々が集まっていく。彼の著書を読みながら,そんな思いを抱いてしまう。

彼らの人生を翻弄させたものは一体何だろうか。考え込んでしまう。複雑に縺れ合った運命の糸の中で翻弄される彼ら自身もまた,なぜ私は…という問いを発し続けてきたことだろう。

秘して生きる。隠して生きる。知られないために細心の注意を払い,世間や周囲の目を常に気にして生きる。
ハンセン病に罹患していたことが知られたとき,彼らを襲う世間の容赦ない対応も,まだ昔のことではない。

「秘して語らず」。これは,ハンセン病と関わりを持った者が,この国で生きるための鉄則であった。しかし,その人たちの悲しみは,癒されることもなく,時の中に埋もれようとしている。

…「ハンセン病」が,いつも「死」に寄り添いながら存在していることである。その「死」とはハンセン病を病死と結びつけた懼れではない。社会から与えられる「烙印」への恐怖が,「死」へと誘うのである。それは,病人だけでなく,近親者も巻き込んで行った。

伊波敏男『ゆうなの花の季と』「時の中に埋もれて−はじめに」より

本書の中で特に胸を打つのは,一家九人の服毒心中事件を訪ねた「往路のない地図」と,父親を事故でなくし,葬儀に一時帰宅したハンセン病の母親が村に入れてもらえず,八幡神社の森陰から葬列を見送った後に縊死した娘との邂逅を綴った「散らない花弁」である。

ハンセン病に対する偏見と無知が人間の心を狂わせ,ハンセン病罹患者だけでなく近親者・関係者すべてを不幸に突き落としてしまう。悲劇は幾重にも重なって…人の心に決して癒えることのない傷を残す。

部落問題との接点を実感する。

posted by 藤田孝志 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月01日

新しい年に

振り返れば,転勤して今日まで実に慌ただしい一年であった。それは決して悪い意味ではなく,私にとっては「原点回帰」ともいえる充実した教師生活であった。
すばらしいスタッフと生徒によって新生の歩みを着実に踏み出している本校に転勤できて,本当によかったと思っている。日々の充実と新しいことへのチャレンジは,自分を活性化させてくれる。
同じ環境に長く身を置くと,自分の生活や完成が知らないうちに淀んでくる。本やネットの世界以外,日常が閉塞された空気の中では,思考もまた停滞してしまう。気づかないのは本人だけだが…。
やはり,人間は人間との出会いと交流の中で成長していくのだと実感している。


転勤を機会に,弊サイトの構成を新たにして半年,ここに至ってBlogのプロバイダーを変更せざるを得なくなった。

TypePad, Inc. 社(米国)が TypePad Pro(個人向け)の日本語でのサービス提供を終了することになりました。これに伴い、 2013 年 3 月末日をもって TypePad Pro(個人向け)は日本語でのサポートおよび管理画面の日本語化対応を終了します。
また、シックス・アパート株式会社の国内総代理店契約も 2013 年 3 月末日をもって終了することとなりました。
TypePad Pro(個人向け)は、TypePad, Inc. 社(米国)より提供され、 2013 年 4 月以降も引き続きご利用いただけます。

気に入っていたBlogだけに残念である。このまま使用することも考えたが,サポート体制が不明である以上,別のプロバイダーに移行することを決めた。新しい弊siteの構成は前のBlogと同様に,次のようにした。

(1) 時の流れの中で (http://fujita-t.seesaa.net/

「教育・社会・人生・思想」などを中心に,断片的な思いを書いていこうと考えている。
特に,「いま・ここ」に生きる私の興味・関心に従って,率直な意見を述べていきたい。



(2)
我が心は石にあらず (http://meinherz.seesaa.net/

「部落史・部落問題」に関する研究ノートである。できるだけ最新の研究成果を反映させたいと考えている。
特に,各時代における多様な部落史像を追究していきたい。また,部落問題の歴史的背景についてもまとめていきたい。



(3)
存在を問い続けて (http://existenz.seesaa.net/

「岡山部落解放史」に関する研究ノートである。岡山の部落史に関係する史実や史料について考察していきたいと考えている。
特に,県北(美作地方)で起こった「解放令反対一揆」(明六一揆を中心に)や「渋染一揆」について,ライフワークとしてまとめていきたい。



(4)
史実の深層を求めて (http://geschichte.seesaa.net/

中世から近・現代における史実や歴史認識に関して最新の研究成果を紹介しながら,歴史を知ることの意味について考察していきたいと考えている。
特に,画一的な歴史像ではなく多角的・多面的な歴史像から歴史の実像をまとめていきたい。



(5)
心の壁を越えるために (http://mauer.seesaa.net/

「ハンセン病問題」に関する研究ノートである。部落史との関連,近代の国家的隔離政策の歴史的背景,また入所者に対する人権侵害などについて多面的に考察していきたいと考えている。
特に,地元にある長島愛生園・邑久光明園に関する実態,資料の考察をまとめていきたい。


振り返ってみれば,インターネットの世界に足を踏み入れて10数年が過ぎようとしている。HPを開設し,試行錯誤しながら自分の研究成果を公開してきたが,その間に社会は大きく変貌してきたように思う。部落史・部落問題に関する世界も,同和教育・人権教育の世界も,予想していた以上の変容を感じている。その最も大きな要因は,同和問題に関する法的措置の終了に伴う学校教育における部落問題の扱いであろう。

「同和教育から人権教育への移行」といいながら,実質的には部落問題学習の終息であった。学校現場の自由裁量の拡大という理解のもと,結局は同和問題を学校教育で必ずしも扱う必要がないという大義名分が与えられたのである。
部落問題ではなくハンセン病問題を教材に扱うことで,人権教育は成立する。

はたして現在も「部落問題」を扱っている学校,部落問題学習に取り組んでいる学校がどれほど残っているだろうか。今の若い教師で,いったい何人が部落問題について教えるだけの知識と認識をもっているだろうか。

私がHPを開設した当時,部落問題をテーマにしたサイトが,研究機関だけでなく個人のサイトも多くあった。メインテーマでなくとも部落問題や部落史に関係している内容を扱っていたサイトは,相当数あった。だが,現在では数えるほどになってしまっている。私が交流していた個人サイトも,そのほとんどが閉鎖状態である。いつしか更新されなくなり消えてしまったサイトがいくつもある。

その一方で,名称や組織運営を変えながら継続している研究機関のサイトがあるように,今も地道に活動を続けている個人サイトもある。彼らの真摯さに敬服する。


この大きな変動の中で,私自身もいろいろと考えることが多かった。
学校教育の変容を現場で日々痛感しながら,同和教育から人権教育へと姿を変えていく中で,その変容を「発展」にできないかと,大切なものだけは失うまいと,焦っている自分に気づくこともあった。
あるいは,まるで窓辺に腰掛けて眼下を流れる雑踏を眺めているよう時期もあった。人の流れが速過ぎて,しかもどちらに向かうかさえ見えず,その流れに飛び込むことを躊躇していた。

気がつけば,学力低下を理由に「新学習指導要領」が詰め込み教育の再来を予感させる教育課程と学習内容を提示し,人権教育さえも学力保障の一環へと流されようとしている。
長引く不況の中で,いつしか実力主義による経済的社会的な淘汰と格差が容認されようとしている。弱者の定義さえもが国家的危機のもとでは曖昧にされてしまう。本当の意味での社会的弱者が見えなくなってしまっている。


実は,私もサイト自体を閉鎖し,ネット世界から撤退しようかと思い悩んできた。
意味あることではなく,無意味なことに振り回されたり,本来の目的から大きく逸脱したことに煩わされたりすることに辟易していたからである。瓦石に等しいことに貴重な時間を費やすほど愚かしいことはない。
当初に計画していた新しいHPを中心としたサイト構築も,次第に無力感が強くなって放置してしまう状態が長く続いていた。

そうした数年間を過ごし,今年の転勤を機に,今まで放置してきた問題に片を付けようと思い,暫定的ではあるが,サイトの再構築を試みた。ネット上の煩わしい動向は無視して,自分のすべきことを着実に進めていこうと決心した。
積み上げたままの書籍や収集したままの資料を整理しながら分析・考察に全力を尽くし,その過程の中で書いたものを公表していこうと思う。


旧HPには,語り尽くせぬ思いがあり,閉鎖を決断するまでには随分と悩んだ。
だが,どこかで区切りを付けなければならないという思いもあった。いつまでも過去にとらわれてもいけない。心を整えなければならないと決めた。死んだ後までも人目に晒すことは,私の心情にはない。私の心の中に残しておくだけでいい。

願いは必ずしも叶うものではない。大切なものを失うことも人生にはある。生涯に渡って後悔することもある。砂上の楼閣でしかなかったと思い知らされることもある。だが,それもまた「時分の花」と思う。人に人の人生があり,それぞれの「時分の花」があるように,私にとっての「時分の花」であったのだと,秘することもまた「花」である。


しかし,実際にBlog中心に構成してみると,本来の趣旨との違和感を強く感じるようになった。やはり,私の考える弊siteの展開は,HPの方が適していると思うようになった。

Blogが主流の中で,私も自分のBlogを立ち上げてみたが,私にはHPの方がいい。日記や雑文を時系列的に書くだけならBlogの方が簡単ではあるが,体系的な構成と内容を考えれば,HPの方がわかりやすく整理しやすい。見る方も見やすく,検索もしやすいだろう。
例えるならば,Blogは小説や評論であり,HPは辞典や全集である。どちらの方がよいとかではなく,それぞれに用途と目的によって選択すればいいと思う。私にとっては,BlogよりもHPの方が最適と思うに至っただけのことで,他者と比較する気はない。

blogは本来が日記のような書きっぱなしに向いているので,私のように内容を書き直したり論文を発表したりする形式には向いていないように感じている。もちろん,形式や方法の工夫で目的を達成できるのだろうけど…。思いつきを毎日ダラダラと書くのは好きではないので,私は別の用途に使いたいと思っている。

無意味なものや不要な文章群をいつまでも「記録」「足跡」のように残すつもりもない。私は個人的な日記などのように一度書いたものはそのままにしておくべきとは考えていない。個人的な日記だからなど理由にもならないと思うが,公開している以上は過去の記述であってもまちがったことや事実に反する内容については「訂正」「修正」「削除」すべきと考えている。同様に,自分にとって不要になったり気に入らない文章は,書き直したり消去したりするのは当然のことと思っている。

また,過ぎ去ったことや結論の出たことにいつまでもこだわる気はない。自分にとって関わりのないことに時間を割くよりも,自分にとって必要なことに時間を使いたい。


現在,「あひる企画」と相談して,以前のHPのままに内容を充実させながらの再構築をしようと準備をすすめている。今後は,内容を整理したりcontentsを再構成したりしながら自分が考えるHPに創り上げていくつもりだ。
特にcontentsに関してはジャンルなどわかりにくい点もあるので,site mapの構成も考え直してより見やすいものに変えていきたい。また,内容では,最近の研究成果や現在の私の考えと異なる文章もあり,いくつかの論文や指導案は修正が必要である。部落史学習や人権教育に関する指導案や授業実践の資料なども新しいものを公開したいと考えている。


ここ数年,自分の納得できる研究や論考ができていない。

さまざまな要因があると思うが,意欲がわかない。興味や関心が薄らいだわけではないが,以前のような探求心というか追究心というか,そのような内面的な情熱が湧いてこない。
研究テーマが拡散してしまったことも原因とも思う。充電期間が長すぎて,あれもこれもと手を拡げてしまった感じがする。テーマを絞るべきとも考えている。

また,自分本来のスタンスに立ち戻る必要も感じている。原点を再確認すべきであると考えている。


今年は,部落史とハンセン病について今まで断片的に書いてきたものを,整理・追加・再編集してまとめることで総括していきたいと考えている。特に,渋染一揆と解放令反対一揆に関しては論考を論文にまとめておきたい。

また,部落史学習に関して指導案および教材集を作成したいと考えている。私は,マニュアル教材や,資料の使い回し,ワンパターンの授業実践を否定してはいるが,叩き台となる資料や教材が少なすぎる現状も感じている。だから,何年も何十年も前の教材や指導資料が使われ,もはや時代にそぐわなくなっている部落史が語られているのだ。

体系的に整理された部落史の教材集,歴史や社会が専門の教師でなくとも使える学習教材や指導集を作成するつもりだ。


あらためて「部落問題とは何か」「部落差別とは何か」を問いたいと思っている。
部落史を学ぶほどに,この語り尽くされてきたように思える問いが未だ解明されていないことを痛感する。長い歴史の中で,各時代によって様々な実相を見せてきた被差別民の姿を各時代の政治的社会的体制の中で複雑に絡み合う関係性において理解しようとするならば,画一的な捉え方ではなく多様な歴史像として捉える以外に総体としては理解できない。

今年は,各時代の実相としての部落史像を捉え直してみたいと思っている。部落史の概観を再構成することで,部落問題の変遷が見えてくると思う。特に,時代の移行期が重要となる。

posted by 藤田孝志 at 01:19| Comment(1) | TrackBack(0) | 時分の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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