2011年10月02日

夏の終わりに

買っておきながら積み上げて放置している書籍,郵送された紀要や論文,コピーした資料類などを整理しようと,ここ数日間片付けているのだが,目にとまった本や資料を読み始めて,気がつくと時間が過ぎてしまい…を繰り返して一向に終わらない。それどころか本棚の整頓も始めようと思ったのがまちがいで,こちらも逆にひどくなってしまった。

元来,私は「整理整頓」が好きな方である。片付けるのも,きれいに仕分けるのも,大好きだし,散らかっていたり放置してあったりする方がむしろイヤである。
ところが,職場である職員室には,私と正反対の人間がいる。机上どころか自分の机の周囲,さらには隣の机までもあつかましく侵略しようとする人間がいる。前と左右に堆く積み上げられた本と書類,プリントの狭間にわずかな空間が残るだけの机で,仕事ができるものだと感心する。

学校は紙の世界である。生徒用のプリントに,報告や通知などの連絡書類,会議などの記録書類等々の「紙の世界」である。数日で机上が隠れるほどに集まってくる。それだけではなく,授業や研究に必要な本や雑誌類,文具類,PC関連機器もある。
古いアナログ体質がまだ多く残っているだけに,一般的な会社や事務所以上に時代後れの世界かもしれない。

しかも,何十年も前の机上が雑多に書類などで埋もれているのが「仕事のできる人間」と思っていたり,「教員の仕事と関係ない」と思っていたりする人間が非常に多い。
恥ずかしいのだが,職員室ほど雑多で汚く非効率的な職場環境はないと思っている。その最大の理由は,整理整頓を意識する人間も,実行する人間も少ないからだ。する必要を感じていないか,頓着していないか,単なる横着なだけかである。(生徒には言うのに…)

先日,本屋で「日経BPムック」シリーズの『新整理術』を買った。このシリーズには役立つ特集が多く,今までも数冊買っているが,本書にも十分に活用可能なヒントやアイテムが満載だった。書類の分類や整理の方法など参考にできるものが多く,早々に実行しようと思っている。

ということで,夏の終わり,まずは書斎から片付けようと思い立ったわけであるが…。


サイドテーブルに積み上げた本の中に,『解放令と明治維新』(塩見鮮一郎)があった。これも6月頃,出版されてすぐに買い求めていながら読んでいない。
読み始めて2時間ほどで読み終えた。いつもながら塩見さん独自の視点がおもしろい。研究者ではない作家の視点と堅くない文章が好きだ。
Blogなどに「くどい文章」を高尚さと勘違いして書いている方がいるが,読みにくいだけで楽しくない。

本書は,塩見氏の今までの関心と視点の延長にある。一連の「弾左衛門」関連,『貧民の帝都』関係の先が本書である。
江戸幕府が崩壊し,明治維新が実行される中,「解放令」が出された経緯とその影響について,政府・民衆(平人)・部落(被差別民)の各視点を交差させながら概説的に述べている。一言で,読みやすくわかりやすい。
岡山の「明六一揆」(美作津山一揆)や福岡の「筑前竹槍一揆」にも言及していて,要点を簡略にまとめている。(やや不十分さと疑問もあるが…)

塩見氏の著作から教えられたことも多いが,気づかされた視点のうち,特に納得したのが大政奉還後の江戸についてである。『貧民の帝都』に詳しいが,各藩の江戸屋敷は拝領屋敷であるから大名は将軍に返して自国に帰ることになり,そのため江戸の武士は激減する。将軍も静岡に帰り,旗本御家人もまた江戸を去る。この数年間の擾乱について教科書に一切の記述はない。

最近出版された『江戸っ子の意地』(安藤優一郎)も同じ着目によって書かれた幕末維新史である。塩見氏の二番煎じの感は否めないが,江戸幕府崩壊後の「江戸の解体」と「東京府の混乱」について幕臣の視点からよく描いていて,興味深い。

これらが,従来の教科書中心の歴史から脱却するためのポイントである。


今夏の最大の収穫は,福岡の2日間であった。
長年に渡り,私に多くの教示と示唆,深い友情を与え続けてくれている石瀧豊美先生と過ごし,夢であった「筑前竹槍一揆」の現地を訪ねることができたことが嬉しかった。

私の部落史・部落問題への視点は石瀧先生によって決定づけられていると言っても過言ではない。時に遠く離れていることが悔しく感じられることもあるが,文明の利器であるメールと電話が助けてくれる。しかし,実際に会って話すことでしか感じることのできない感覚がある。これは「現地研修」と同じである。

今回は,石瀧先生の友人とも出会うことができ,とても有意義であった。石瀧塾の世話役である塚本氏と,花乱社の別府氏である。物静かな中に旺盛な探求心と堅実な人柄を湛えた塚本氏には翌日の現地研修,私の講演にもお付き合いいただいた。石瀧先生が全幅の信頼を寄せられるのが頷ける人物である。

別府氏の博識と信念には圧倒された。政治学が専門というけれど,時代を見る独自の感性は人との出会いによって培われたものだろう。その根底には,歴代の政治学者を自分の思考で読み解いてきた蓄積がある。丸山真男を語る論調にその一端を見た思いがする。

久しぶりの講演,しかも「渋染一揆」に関する内容であった。
教科書の部落史に関係する記述が大幅に削減され続けている現状がある。来年度から使用される新しい教科書も大幅に内容が増えたにも関わらず,部落史に関する記述はあまり変化は見られない。最近の研究成果が十分に反映されているとも思えない。どちらかといえば,最近の路線である本文ではなく,「コラム」や「特集ページ」扱いでの記述で,内容も不十分である。


溜まっていたコピーの山を仕分けすることができたが,それらを読み込んでまとめることを考えると気が遠くなる。時間がほしいことを実感する。

posted by 藤田孝志 at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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