2012年03月02日

伊集院静の文章

伊集院静氏の『続 大人の流儀』を読了した。

小気味よい展開,軽妙な筆致,含蓄のある言葉,鏤められた箴言に魅せられて,気がつけば時間も過ぎ,ページも残り少なくなって,少し勿体ないような気がして,本を伏せて外に出た。うちにも「バカ犬」がいて,私の姿を見ると時間に関係なく散歩を強請って甘えた声を出して尾を振る。
伊集院氏の言葉を反芻しながら,田圃道を犬に任せて歩く。夕暮れのひととき,少し大人について学んだ気がした。
昨日の午後のことである。

伊集院氏は「毒舌」と評されることが多い。確かに辛辣な言葉や表現もあり,謇諤な指摘や批判は誤解を招きやすいかもしれない。
しかし,私は彼の「流儀」がなんとも心地よい。「うん,そうだ」と相づちを打ち,膝をたたく。そして,限りない「男のやさしさ」を垣間見る。

伊集院静は礼節を心得た大人の男である。しかも,哀しみを知っている。半端でない哀しみを長い歳月の中で自分の言葉にしてきた。だから,人にやさしいのだ。


人は文章を書く。小説家,評論家,学者,作家,文筆家,記者,エッセイスト…様々に呼ばれても,文章を書いてお金をもらう人たちである。いわばプロである。その彼らにしても,読みたいと思う文章を書く者もいれば,二度と読みたくないと思う者もいる。まして素人である人間が「自由」に書くブログやHPの文章である。落差は大きい。
しかし,中には作家以上の名文家もいる。感動を与えてくれる一文に出合うこともある。その逆もある。

名文と駄文の差はどこにあるのだろうか。

伊集院氏の書く「文章」には,人間に対する情愛がある。思いやりの心を感じる。それは彼が両親から受けた愛情と,それに対する敬慕の思いが強いからだろう。
彼は人との出会いを大切にする。彼は人から受けた恩義を大切にする。多くの人との出会いが彼を育てたのだろう。

歪んだ心では人からの思いも歪にしか受け取ることはできないだろう。自己正当化に終始する人間は,自分に好意的な人間しか受け入れることはしない。人からの批判や忠告を素直に受け入れることができない。

「文は人を表す」というが,その人間が書く文章にはその人間が表れる。人間性が見える。それは自然に伝わるものだ。
辛辣な批判であっても,心底に相手に対するやさしさがあれば,その批判もまた心地良いと思える。素直に受け入れることもできる。
批判のための批判であったり,相手のためでなく自分の優位性を示すための批判であったりすれば,攻撃性ばかりが目につく。

「学問」であろうと「文学」「評論」であろうと文章の本質は変わらない。
「学問」としての批判であれば,何を書いても,どのように表現しても許されるというものではないだろう。大きな勘違いがそこにある。学術的に難解な用語や論理でカモフラージュしても,その目的が単なる個人攻撃であれば,文章の一言一句にその心情が表れる。

名文とは,その文章に人の心に染み込むほどのやさしさと思いやりがあり,痛烈な批判であっても素直に耳を傾ける気持ちにさせる。それは人を叩き伏せることが目的ではないからだ。

私もそのような文章を書きたいと思う。


『続 大人の流儀』の後半は,東日本大震災に関する文章が多い。そして,巻末のやや長いエッセイ「星〜被災地から見たこの国」は,震災発生時からのルポルタージュであるが,これが珠玉である。見事としか表現できない。
彼の感受性と的確なコメントに心が動かされた。今までの誰の震災レポートよりも被災者の哀しみに寄り添う文章であり,国や東電に対する的確な批判である。

実は,この一年,東日本大震災と原発事故に対して何のコメントも文章も書いてはいない。否,書くまいとしてきた。書きたくなかったし,書くべきではないと思ってきた。中途半端なコメントや,国や東電に対する遣り切れぬ憤怒など何を書いても不十分な気がしていた。その場の感情で書くようなテーマではない。そう思って一文一句書いてはいない。

…君たちは何百冊の本を読んでも学べないことをこの震災で学ぼうとしている。知識なんかよりもはるかにたしかなものは,人間が生きようとする,生き甲斐を感じる場所と時間なのだ。それが故郷というものであり,母国というものだ。人がつながり,人が継ぎ合ってきたものが歴史なのだ。

…人の哀しみはたやすくは消えないし,ぎこちなくしか笑えないかもしれないが,自分の目に入る風景は,あなたが生きている証しであり,あなたの中に生き続けるものが,きっといつかやわらかな汐の音とともに,かがやく星々とともに,安堵を与えてくれるはずだ。哀しみにはいつか終わりがやってくる。あなたが笑って立てる日を待っています。

「いつかその日はおとずれる−空に星,海に汐の音」

伊集院静のやさしさがこぼれ落ちた一文だと思う。                   

posted by 藤田孝志 at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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