2012年01月03日

死者の声を聞け

『タイタンズを忘れない』という実話に基づいた映画がある。

アメリカで1950年代に始まった黒人公民権運動は,'60年代に運動としてのピークを迎え,社会の中にめざましい変化と成果を生みだしていく。続く'70年代は,獲得した権利が社会の中に定着していく時代だ。だが,いくら制度としての差別がなくなったとしても,人々の意識が制度に合わせてすぐに変化するわけではない。

1971年,ヴァージニア州アレクサンドリア。アメリカ国内では公民権運動が盛り上がり,この保守的な小さな町にも変化の波が押し寄せてきた。それまで人種ごとに分離していた白人学校と黒人学校が統合され,T・C・ウィリアムズ高校が開校することになった。フットボールチームも統合され「タイタンズ」が結成される。

統合に反対する住民達のデモが起こる中,ヘッド・コーチとしてやってきたのが,数々の栄光に輝く黒人コーチ,ハーマン・ブーンだった。これまでヘッド・コーチを勤めていたビル・ヨーストは長年の実績を持つ優秀なコーチだったが,教育委員会は「人種平等」を周囲にアピールするためにあえて黒人のブーンをコーチに任命したのだった。この措置に白人の選手や保護者たちは大反発し,コーチと一緒にチームを辞めると言い始める。ヨーストは選手たちを引き続き監督するため,ブーンのアシスタントとしてチームに残ることにする。

ゲティスバーグ大学で合宿が行われることになり,生徒達はバスで出発する。チームを一つにするため,ブーンは白人と黒人を同じバスに乗せ,宿舎でも同室を命じる。また互いを知るために自分のことを相手に伝えることも命じる。だが偏見はなかなか消えず,事あるたびに激しい対立が起きる。しかしブーンは「怒りを抑えそのエネルギーを勝負にぶつけろ」と訴え,軍隊のように厳しいトレーニングを強いる。

ある朝,ブーンは生徒達を叩き起こし,ゲディースバーグの決戦場までランニングさせる。そこは南北戦争で多くの若者の命が失われた歴史的な場所だった。そこで,ブーンは自分の思いを若者達に語り始める。

ゲディスバーグの戦場だ。53万人の兵士がまさにここで命を落とした。
なのに,おれたちはまだあいかわらず同じ戦いを続けている。今もだ。
この緑の野原が赤く染まった。若者の血で真っ赤になった。硝煙と弾丸が体に降り注いだ。
魂の声がする。心の悪意が兄弟を殺した。憎しみが家族をズタズタにした。

耳を澄ましてみろ!そして,死者から学べ!
この神聖な場所で1つになれないなら,おれたちもズタズタになる。彼らのようにな!

お互いを好きにならなくてもいい。
だが,相手を認めろ!そうすれば,もしかしたら,いつの日にか人として向き合えるだろう。

【死者から学べ!】という言葉は,単に「史実に学べ」という意味ではない。史実に隠された真実の声,後悔の声,無念の声に耳を傾けて,二度と同じ過ちを犯さないようにするために,何がまちがいなのかを,どうすれば回避できるのかを学べという意味だ。


解放令反対一揆に参加した農民たち,津川原での惨劇で死傷した人々,殺した者も殺された者も,今は静かに土に眠っている。
しかしまだ部落差別は残存している。

このブーンの言葉は,部落問題にも人権問題にも言えるのことではないだろうか。


昨日と今日,BSで「池上彰の現代史講義」を見ていた。

「歴史とは歴史家と事実との相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の対話である」(E・H・カー)

池上氏のわかりやすい解説で,戦後の現代史がよく理解できたが,あらためてカーの言葉を考えさせられた。
歴史を学ぶとは,単に史実を解釈するだけでなく,史実の背景を分析・考察することで未来への指標を確認することである。

自らの正当性のみを主張し,他を全面否定するために揶揄・愚弄・誹謗中傷を執拗に繰り返すことに終始する独断・偏見が硬直化した人間もいるようだが,私には無関係でしかない。他をイヤミと皮肉で非難しなければ,自己を主張できない研究など,質とレベル以前の問題である。


死者の声にこそ,我々は真摯に耳を傾けなければならない。2012年,新年を迎えて思うことである。

posted by 藤田孝志 at 03:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 断章と雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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