2011年08月08日

不作為の犯罪人−主体者の自覚とは

今年もまた,日本人にとって決して忘れてはならない8月が訪れた。
8月は,広島・長崎への原爆投下,太平洋戦争終結の月である。

戦争を体験した世代が少なくなり,知らない世代の我々がほとんどを占めるようになった現在,原爆も戦争も人々の関心から消え失せようとしている。

学校現場,教育現場において「平和教育」がどれほどの内容で行われているだろうか。年々,その内容も重みも希薄になっているように感じている。教育の多様化と教育内容の増大から「平和教育」「人権教育」の実質的な時間と内容の削減が加速化しているようにも思える。学校が「教科」と「部活」の世界になってきている。


来年度から指導内容が改訂された新しい教科書となる。今夏,新しい教科書を見る機会があり,記述内容を検討してみた。

文科省,そして国家の統制下にある「教科書」がもつ「思想教化」という側面に危機感を抱かざるを得なかった。

私は「教科書を教えるのではなく,教科書を通して教える」立場を重視するが,しかし生徒にとって「教科書」は絶対的な「知識」である。教科書に記述されている内容を真実と思い込み,認識と思想の核としていく。そこに「思想教化」が「人民統制」につながる機能が隠されている。

【…戦争中時勢に迎合・便乗こそしなかったけれど,自分一個の良心を守るのに専念し,あの悲劇をくいとめるために何一つ抵抗らしい試みをせず,多くの同世代が悲惨な運命に陥るのを傍観したことに対し,深い心の痛手を負っている。いまふたたび執筆を放棄して,自分ひとりの良心を守ることで終わるならば,同じ後悔を繰り返すことにならないだろうか】(『教科書裁判』)

【…しかし社会が不幸になる方向に向かってころげ落ちようとするのをほかに見て,自分には専業の仕事がある,とすましているのが,はたして学問をするもののとるべき態度であろうか。太平洋戦争のあいだ,私は不自由−不自由というのは,役立たずの学者のことだと思いますが−となることによって媚びへつらう学者になることを免れた。私はいまになって自分が消極的意味での戦争犯罪人,すなわち戦争を防止するための義務を怠った不作為の犯罪人だったという自責の念に耐えない。私は今度こそはその後悔を二度としたくないと思う】(『形成』7月号)

この2つの文章の著者こそ,長年にわたり教科書裁判を闘い抜いた家永三郎である。

彼は,戦争中にあって自分が学究に終始したことに対して非常に強い自責の念を感じていたのである。だから,彼には「たかが教科書検定」とは決して思うことができなかったのである。

戦争へと国民を駆り立てた責任の一端を学者として痛切に感じていた彼にとって,教科書の記述内容によって再びあの惨禍が引き起こされるかもしれないという危惧があった以上,目をつむることはできなかったのだ。

「差別解消の主体者」とは,他の誰でもなく自らが意志と判断によって差別をなくしていこうとする言動を行う者である。
高橋和己は「知ったことに対する無関心は,罪ではなく人間の物化である」と言った。声を上げ,行動することでなければ変えられないことがある。防ぐことができないことがある。 

家永三郎の姿勢こそが「主体者の自覚」によって貫かれた生き方である。我々が持ち続けるべき自覚と姿勢である。

たかが教科書の記述としか思わない人間が「不作為の犯罪者」となり,「差別者」となるのだ。第2次世界大戦において京都学派の哲学者たちによって戦争肯定の「思想操作」が行われ,軍事教練の名目で軍人による偏向教育がなされた事実を忘れてはいけない。明治以降の学校教育こそが「思想操作」であったことを教訓として忘れてはいけない。

ハンセン病問題においても国賠訴訟によって国家の「不作為」が断罪された。
明治以後の近代史の流れを大観するとき,国家による「作為」の犯罪と同様に,人々や社会,国家の「不作為」もまた犯罪であったと痛感する。

価値紊乱の時代だからこそ,せめて「平和と人権を尊重し,差別をなくしていく」姿勢を価値基準として貫きたいと思う。

posted by 藤田孝志 at 16:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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