2011年01月11日

今年の抱負:総括と決断

今年は私にとって「決断」の年となるような気がしている。総括・変貌・発展に向けての決断をしなければならないと思っている。そのために,昨年末から身辺や自分自身に関する「整理」をしてきた。

PCやserver環境も整理したが,その途上で一部のデータを消してしまい,初めて復元ソフトのお世話になってしまった。廉価版のソフトだが,思っていた以上に「復元」ができ,満足している。90%近くはそのままに復元可能ということがわかったが,逆に考えれば,PCや外付けHDDなどを破棄する際は十分に対応しなければならないということだ。

昨年末からこの3連休で,数台のPCとserverのメンテナンスは終了した。
新たに外付けHDDや周辺機器も買い換えて,Windows live に対応した設定にした。特に,メール設定は長くOutlook Expressを愛用してきたが,live メールに換えることにして移行した。最初は表示の違いに戸惑ったが,後継だけあって移行も自動的に行ってくれたし,慣れるとシンプルで使いやすい。

昨年の後半から使い始めたEvernoteなどいくつかの「クラウド」も本格的に活用している。情報の一元管理と作業の連携が可能になり,効率が随分と改善された。情報やデータをまとめるのに最適なツールである。種々のソフトと組み合わせれば機能も拡張できるので,まだすべてを使いこなすまでには至っていないが,いろいろと試してみたいと考えている。

「お金で時間を買うことができる」とは,確か渡部昇一さんの言葉と思うが,一理あると思う。必要な投資と思えば,時間の少ない人間にとっての効率化は必要である。特に職場をもち,そこまでの移動時間もかかる人間には時間はとても重要である。

無駄なことや無意味なことに時間を費やすことほど,精神的なストレスを生むことはない。雑音は思考を妨げる。目的や内容の異なるいくつかの仕事や作業を平行して行う者にとって,時間管理と作業計画は重要な意味をもつ。
今年は,task管理を徹底したいと思っている。


弊HPの改造も「公開」には至っていない。
全体の構成やcontentsの再構築などは終えているが,公開の時期をあひる企画と相談している。また,その間に書いた文章やBlogの記事を編集する作業や,今後の方向性と運営について考えているところもあり,「公開」には時間が必要である。

HPの更新をやめ,改造に着手してから数年が過ぎてしまった。いろいろな事情が重なってのことだが,つい先延ばしにしてしまい,時機を失してしまった感がする。

その最大の理由は,ネット社会への失望だと思う。私もあひる企画も,また当時HPを開設していた友人・知人の多くも,ネット社会に大きな期待を抱いていたのは事実である。見知らぬ人間,遠く離れた土地,老若男女を問わず,HPやBBSを通して語り合い,学び合うことができる。新しいコミュニケーション(交流)の場,情報発信の場,社会啓発の場として活用できる世界と思っていた。

もちろん,意見や見解,立場の相違はある。主義・主張が相反することもある。だが,そうであっても,目的が同じであれば歩み寄ることは可能であると思っていたし,議論によって互いの知識や認識,理解が深まればよいとも思っていた。

しかし,顔の見えないネット社会は,匿名性の社会であり,モラルもルールも不完全な世界であり,誰もが自由に何事も発信できる「無法地帯」の側面をもっていた。
一面識もない他者に対して誹謗中傷・揶揄・愚弄の言説が平然と発信され,真実も事実も確認できないことを逆手にとって故意に捏造した情報を垂れ流す。
そんな悪意ある人間がこの世に存在しているのだと思い知らされた。だから,差別や人権侵害が解消されないのだとも痛感させられ,人間が人間を差別するのだと強く思った。

と同時に,人権問題に関するネット上での動向に活発化と拡がりが見られないことへの苛立ちもあった。その背景には,法が切れ,同和教育から人権教育への移行があり,それらが深化・発展の方向ではなく拡散化・弱体化・曖昧化に進んだことがある。
この10年間の動静は,必ずしも良き方向にばかり進んできたとは言えない。

これら様々な外的・内的な諸事情が,個別に人権問題に関わるsiteを運営していた友人や知人にも大きく影響し,意欲をなくしていったのも事実だろう。

私も同じであった。


今年の年賀状の中に,長く会っていない島根県の友人からのものがあった。
彼とのつながりは,全同教が主催する研究会に私を講師に彼が招いてくれたことに始まる。そのときから年に幾度となく島根の各地に講演に呼んでもらった。彼を通して多くの方と知り合うことができた。

もう何年も会っていない彼の年賀状には,次のような言葉が添え書きされていた。

「先日,藤田さんの資料を参考に渋染一揆の学習会をしました」

この言葉を読み返しながら,彼との日々を思い出し,人とのつながりと思いの深さを噛み締めることができた。

どれほど時が過ぎようとも,私の拙い資料や教材を活用してくれる人がいる。
彼と同様に,たとえ見知らぬ人であっても,弊Site(HPやBlog)を訪問して,使える資料などがあれば利用してくれる。参考にしてくれる。私の見解を考えてみてくれる。
これだけで十分ではないかと思った。

部落差別だけでなくハンセン病などの人権問題や差別問題に関して,正しい知識と認識をもつことも大切だが,何よりも差別解消・人権擁護の活動に主体的に関わっていくための素地と意識を育成することが人権教育であると考えている。

そのための知識であって,知識だけで差別が解消するとは思っていない。知識があっても正しい言動ができなかったり,他者の人権を侵害したり,他者を揶揄・愚弄したりしては,本末転倒である。

私は,教師という自らの立場から,原点に立ち戻り,部落史や人権問題に関わっていこうと決意する。その手段の一つとして,弊Siteを運営していきたいと思う。

posted by 藤田孝志 at 15:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 時分の花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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