2010年09月03日

教育の原点

河田光夫氏の「切り捨ての流れの中で」という小文に,次の一節がある。

…十分に勉強が出来る条件を持った優等生を模範にするのではなく,差別や貧困や,身体・精神の障害などの困難な状況を背負った生徒ががんばっている姿をクラスの中心に,学校の中心に,そして教育の中心にすえようとしてきた。そうした生徒や親の願い・訴え・主張・努力の中に,すべての生徒が学ぶべき人間的な輝きが現れるからである。また,教師が,彼らと必死に関わった中に,教育の本質が示されたのである。

しかし,正直に言って,今,解放教育は押し流されつつある。社会運動全体の低迷の中で,切り捨て主義の政策が強圧的にのしかかり,児童・生徒の中にも,いじめに典型的に現れる切り捨てや差別の意識が強くなっている。また,差別・貧困など苦しい状況を背負った生徒達は,そうした「暗い」ものを意識の中で切り捨て,目をつむり,そんなものを持っていない風を装って「明るく」生きようとする傾向が,ますます強くなってきた。「中流意識」の害毒である。…それだけに,いっそう,苦しい状況を背負った者が,そのような状況にいることを自覚し,それを基点として自己の解放と社会の変革を目ざすべきであり,そのように生きる姿の中で,他のすべての人々が学ぶべき人間的な輝きが現れるはずだと,今も,しつこく考えている。

この小文は,昭和60年(1985年)に発表されたものであるから,今から24年前,四半世紀も経っているが,色褪せるどころか,まさに現在の教育状況を的確に表していると思う。

学力の低下が問題視されていながら「ゆとり教育」や「多様化・個性化」を目指した「総合学習」が推進されてきた。数年前の世界的規模の学力診断で日本の順位が下がったことを理由に「全国学力調査」が実施された結果,学力実態の低さが浮き彫りになるや,「ゆとり教育」が見直され,総合学習や選択教科の時数が減って,逆に五教科の授業時数を増加させるという新学習指導要領が施行されるに至った。しかしながら,習熟度別授業の推進と中高一貫校の増設にみられるエリート養成の方向は加速されている。まさに「学力重視」の美名の下で,教育現場における弱者「切り捨て」が容認されるようになっている。河田氏の危惧がより現実のものとなっている。

不景気と財政難は教育現場を直撃している。教育予算・学校予算の減額は一般には知られていないが,この十年で半額ほどに激減している。その最たるものが教員数の減少である。教員数は学校規模による定数と加配教員数によって決められるが,人件費削減のため加配教員はほとんど引き上げられてきている。その影響は教員の負担よりも生徒への皺寄せの方がはるかに大きい実態を生み出している。きめ細かい指導など教員数と比例するのは自明のことであるが,数だけを非常勤講師で埋め合わせている。

そして何よりも,教育改革の柱が「学力向上」を目的とした授業改革になっていることで,人権教育や道徳教育などが「説明と説諭」に終始してしまうことを危惧する。「教育格差」という言葉が「学力格差」と同義に使われ,「学力向上」によって改善されると考える短絡さでは,ますます教育現場は混乱し,格差は拡大するだろう。

しかし一方で,河田氏が「教育の本質」と指摘する同和教育が大切にしてきた実践を継承・発展させようとする教師たちもまた多くいる。また,何も解放教育や同和教育,人権教育の範疇に限定せずとも,日々の授業や生徒との関わりにおいて,河田氏と同じ視点と方向性で教育実践をおこなっている教師も多くいる。一部の教師たちを見て,それを一般化させて全体がそうであると決めつけることは,何も教師だけでなくすべてのことにおいても愚かしいことである。

河田氏が「中流意識」と分析した時代は,確かに高度経済成長によって人々の暮らしが格段に向上したことを背景に人々の意識も変わっていった頃である。誰も彼もが「中流階級」を目指し自認することが社会志向であった。だが,バブル景気と崩壊,長き経済の低迷期を経て,格差社会を迎え,さらに現在の世界同時不況である。「中流」が上下に分化していき,格差がより拡大されていく時代にあって,教師は自らを問うことを求められるだろう。どちらの側に立って教育を行うのかと。


「あの先生がいるから,あの高校に進学したい」と言わせた高校教師がいた。一度だけお会いして楽しいひとときを過ごしたが,その方が大学卒業後,勤務する高校に最初に赴任した日,校長に次のように聞いたそうである。

「私は学校の方を向いて教育をすればよいのか,それとも生徒の方を向いて教育をすればよいのか」

校長は「あなたはどうしたいのですか」と逆に問いかけた。

その方は「私は生徒の方を向いて教育をしたい」と答えた。校長は「それでよろしい」と言ったそうであるが,以来,その方は定年退職直前まで三十数年にわたり担任を続けた。

教材開発や授業展開などの技巧に優れた教師は多い。しかし,人間的な関わりにおいて生徒の信頼を得ることのできる教師は少なくなった。河田氏の教育実践に学びながら,明日から心新たに教育実践に向かいたいと思う。

posted by 藤田孝志 at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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