2010年08月31日

知ること

HPの改造に関わってBlogの整理をしているので,昔に書いたものを読むことがある。気恥ずかしさもあるが,残しておきたい文章もある。再掲しておくことにする。


「知らないこと」のこわさ

教科書会社から送られてくる情報誌の中に「教科書活用」というページがあり、教科書記述に関する様々な疑問に答えてくれている。

「踏絵」を「絵踏」に表記を変えた理由(踏ませる行為と踏ませるものと区別した)や「天領」を「幕領」とした理由(「天領」は明治以降の俗称)など,「知らなかった」ことを学ぶことが多い。しかし、同様な表記の改訂だが,単に「知らなかった」ではすまされないものもある。それは,「問丸」を「問」とした理由である。

史料の多くでは,「問」と表現されており,職名としては「問」という名称であったと考えられる点や,「問丸」という呼称が「馬借丸」などと同様に,貴族が身分の低いものを呼ぶ「蔑称」であったと考えられることから,「問」といたしました。

(東京書籍『教室の窓』創刊号)

このことが歴史的事実として正しいのであれば,私たち教師は長く「蔑称」を教えてきたことになる。試験問題にも出題してきた。「当時の貴族が使っていた蔑称だから…今は使われない歴史用語だから…」は言い訳でしかない。「知らないこと」の怖さである。現在の教科書にも記述されている。

では,使わなければいいのだろうか。このことは,賤称語・差別語についての議論と同じである。その語句・言葉・表記の使用に問題があるという議論であれば,使用しなければいいだけだ。「禁止用語」にすればいい。ただ,その場合,公的な報道など以外では完全に「禁止」することはできないだろうし,逆に「差別語」として使われる可能性も残る。

問題とすべきは,その語句・表記・呼称を「蔑称」とした人間の意識である。「問丸」を「蔑称」と認識した当時の(その時代の)人々や社会の意識であり,差別する意図と目的である。こうした歴史的背景こそが議論されるべきである。「差別の理由」と「差別の目的」は<差別する側>にある。今までの歴史(特に被差別民の歴史)は,この視点が欠落していた。<差別される側>の説明に終始していた。

先の「問丸」に関しても,貴族はなぜ彼らを「蔑称」で呼んだのか。「蔑称」で呼ぶ人々がおり,「蔑称」で呼ばれた人々が存在した社会をどのように考えるか。その社会において「蔑称」はいかなる意味をもっていたか。そのような差別社会にあって彼らはいかに生きたか。「蔑称」される「理由」は何であったか。職業に対する貴賤観からだけだったのか。貴賤観の背景は何であったか。考えるべき視点は多い。

またこれらを考えることで,現代の差別問題や人権問題の解消に向けて生かすことができる「考え方・見方・生き方」も多い。「身分制社会が差別容認の社会であった」ことを「知識」で理解するだけではいけない。

身分社会において賤民層が身に受けてきた過酷な差別を抜きにして,部落問題の本質を明らかにすることはできない。被差別民の生活は,未来に何の希望もない惨めなものだったのか。否である。そこには,この世を必死に生きていくための創意と工夫があり,辛酸の中での苦闘と創造があった。どの部落にも,伝統的な生業と民俗があり,熱心な阿弥陀信仰があった。日本の歴史の中で,被差別民の果たしてきた生産的・創造的な役割について正しく理解されること,そして,未来を担う部落の子どもたちが,自分たちの祖先が被差別民であったことを胸を張って誇りをもって言える時代がくること,その時こそ,真の部落解放の力強い歩みが始まったと言えるであろう。

(沖浦和光氏の講演より)

歴史の教科書記述が「部落史の見直し」などを背景に大きく書き換えられて数年が過ぎ,以前のような部落史に関する現場の混乱も少なくなったように見える。しかし,果たして「新しい部落史像」が現場で定着したかは大きな疑問である。従前どおりに,教科書の記述が「知識」として伝達されていくだけでは「部落解放の力強い歩み」は遙かに遠い。


目的は手段を正当化する−Der Zweck heiligt die Mittel−

同和教育の原点は「被差別の現実に学ぶ」である。確かに,同和教育は部落差別の現実から多くを学び,実践を深めてきた。被差別の現実から教師として何ができるかを問い続け,実践を深めていくことで教育の本質を掴み取ってきた。このことを批判する気はない。ただ,何かを見落としてきたために,かえって部落差別を助長させてきたような気がしている。

「差別をなくす」という目的は正しい。その方法として差別を否定したり,差別することを禁じたりすることは正しい。差別の不合理性や不当性を訴え,解消させていく教育・啓発も必要である。しかし,その目的と方法を考え実践していくのが「人間」であるという点において,人間の心理や感情,利害などを十分に考慮してきただろうかという疑問が消えない。

「被差別の立場」であることによって,その立場から発せられる「主義・主張」や「方法論」「言動」「態度」が正当化されるという短絡性について疑問を感じている。極論を言えば,被差別の立場やマイノリティーであれば,あるいは差別に苦しむ立場であれば,「弱者」というカテゴリに属していれば,いかなる言動も許されるのであろうか。「踏まれた者にしかわからない」という被差別の辛苦や苦悩を「正当化」あるいは「聖化」にして,被差別の立場を絶対化してきた面はないだろうか。これは部落の側にも部落外の側にも作用してきた圧力であったように思う。「足を踏んだ者には,踏まれた者の痛みはわからない」という論理の前では,被差別者以外の者は押し黙るしかない。そして,この論理は,被差別者でなければ差別者の側に括られるという二分化を生み出す。この二分化が「新たな壁」や「選別」となってしまい,【出自が社会的に無意味化する】(小浜逸郎)という究極の解決に逆行することになる。

「被差別の立場」という論理と「差別をなくす」という目的を大義名分にすることで,自らを正当化し絶対化していく。信奉者には甘言を,意に反する者や体制には批判を駆使することで洗脳していく。まるで宗教のような陶酔感の漂う世界が演出される。しかし実態は,プラトンが指摘した「一匹の針をもつ蜂」によって創出されるヒトラーの言う「甲羅のない蟹」の集団である。自らを「天皇」にしたい者が作ろうとするアナーキズムの世界に見せかけながらも,実に政治的な世界がそこにある。見えないということは恐ろしいことだ。

「目的」の大義名分に酔いしれて「手段」が正当化・肯定化されると思い込み,自己正当化の言動が他者への人権侵害や反人権的行為に至っていることに気づくこともない。攻撃性が強ければ尚更に,自分の言動の是非が見えなくなってしまうものだ。


「選択できないこと」

<部落差別の現実に深く学ぶ>のテーゼが「逃げられない者」と「逃げられる者」の立場の違いを認識せずに立てられたのであれば,共闘も連帯も絵空事でしかない。このテーゼは「教師の姿勢」を問うだけに終わってはいけない。「逃げられない者」を「逃げられなくしている」のは誰かを自覚するとき,このテーゼの目的が明確にわかってくる。部落差別の現実が,差別の現実が完全になくなるまで,被差別者は「逃げられない」のだ。「差別の現実」は被差別者がつくっているのではない。部落があるから差別があるのではないように,ハンセン病においてもハンセン病患者がいるからハンセン病に対する差別があるのでもない。

部落問題とハンセン病問題に共通点は多いが,「選択できない」ことが要因として差別されるということが最も重要な視点だと考える。

近代社会の原理では,生まれについて人間は選択できないことであり,それゆえに如何なる責任も負う必要がない。この自明なことが長い間そうではないとされてきた。選んで部落に生まれたのではなく,たまたま生まれた場所が部落という,日本の歴史過程において生み出された「差別される場所」であった。ただそれだけのために,結婚や就職,教育,日常の交際において様々な不利益を受けてきた。ハンセン病においても同じで,たまたま「ハンセン病」にかかっただけでしかない。

しかし,それを「六道輪廻」「業縁」「宿業」など宗教観念や「ケガレ」観を理由に,ハンセン病においては「業病」「天刑病」と名付けられて非人間的な扱いを正当化された。自分が選択していないこと,それゆえに自分の責任ではないことを,自分の責任であり,それがまさに「恥」であり「罪」であるかのように思いこませてきたのです。「恥」でないものを「恥」とするとき,それは本当の「恥」となってしまう。問うべきは,だれがそう決めつけてきたか,だれが「恥である」としたか,だれがそれらを根拠に彼らと自分を分けて排除してきたのか,である。

人権学習として,「黒人問題」を題材にした<『タイタンズを忘れない』に学ぶ>に取り組んだ。これは,実話を映画化した『タイタンズを忘れない』を自主教材化したものである。差別の要因を「偏見」「先入観」からとらえさせ,その克服を互いの「差異」を「個性」として認め合うことで「共生」できると考えさせた。<真実を知る>こと,正しい知識と認識を知ることで「まちがい」に気づき,自らを変革し,自らの生き方やあり方を通して周囲を変革していく展望を学ばせた。映画という視覚教材を使ったことや,場面を切り取りその場面について考えさせたことで,生徒にもわかりやすかったと思う。

黒人問題にしても「選択できない」ことを理由にした差別問題である。差別の根拠がいかに不合理なものであるかを理解させたかったし,本人に責任がないことで受ける不利益や非人間的な扱いが「差別」であることを,この人権学習を通して理解してもらいたかった。

人権教育とは「人権を教える」教育と勘違いしている実践に出会うことが多い。道徳や人権総合学習の時間でありながら,社会科の公民的分野にある「基本的人権」の学習と大差のない内容もある。

人権教育とは「人権意識を培う」教育であると考えている。人権意識を培うために「人権とは何か」に関する知識を教える必要もあるだろう。しかし,それらはあくまでも「人権」という概念を説明することでしかない。

人権教育とは「人権問題」「差別問題」の解消を目的にしなければいけない。不合理な差別や偏見が残存する社会は不幸な社会であり,人権が大切にされた社会とは考えられない。自己変革と社会変革は両輪であり,その根底に確かな人権意識がなければならない。

参加体験型学習が流行している昨今だからこそ,シュミレーションやロールプレイで方法論(対処方法)を学ぶことよりも,自らの感性を磨く人権教育が求められているように感じる。

posted by 藤田孝志 at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 人権教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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