2013年03月19日

伊集院静の文章U

伊集院静の『大人の流儀3 わかれる力』を一気に読み終えた。春風のような清々しさとほろ苦い哀愁が心に残った。

以前にも書いたが,彼の文章が私は好きだ。特に彼の書くエッセイには,常に気づかされ,教えられ,確かめさせられ,そして納得する。洒脱軽妙な文章である。

実体験を通した経験の一つ一つに,その時に感じた思いと後に振り返った時に気づいた思いが重なり,含蓄のある言葉(文章)となって表現される。味わいが後を引く文章である。

何よりも,彼の文章には悪意がない。底意地の悪さがない。人間に対する信頼と尊敬があるからだろう。「叱る」ことはあっても,「貶める」ことはない。

それに比べ,品性のない文章は,そのほとんどが自己正当化・自画自賛に終始しているか,他者に対する非難と攻撃性に満ちたものであるかのどちらかである。さらには,自己正当化のために他者を攻撃したり,他者を扱き下ろすことで自賛する。これなどは最低と思う。


的外れな批判を「したり顔」で書く世間知らずもいる。

ハンセン病国賠訴訟以後,あるいはらい予防法廃止以後,ハンセン病問題を語る学者や教員,運動家に対して「…彼らの隔離の誤りを語る者たちの大半は,らい予防法が存在したときにもすでに人権研究者,人権運動家,教員,有識者,マスコミ人であったはずである。らい予防法が悪法だというのなら,なぜらい予防法が存在したときに,その悪を語らなかったのか」というバカバカしい批判を平気でする大学教授がいる。そして,この一文を,我が意を得たりとばかりに図に乗って,学者や教員を批判して自画自賛する人間もいる。

では聞くが,その時のあなたは何をしていたのか。その当時,私はあなたの名前など聞いたこともなかったが…。自分を棚に上げて何を況んや,である。

一体,何人の人間が,あの当時,ハンセン病問題に関わっていただろう。「ハンセン病」という言葉さえ知らず,「癩病」に対する恐怖心と偏見しか聞かされていないのがほとんどの人間ではなかっただろうか。

「人権研究者,人権運動家,教員,有識者,マスコミ人」を批判しながら,なぜその中に「キリスト教者(信徒,牧師)」など宗教関係者は含まれないのか。
知っていながら,「慰め」「慰安」の訪問のみで,らい予防法や隔離政策に反対も抗議行動も起こさなかったのは誰であったのか。(中には,犀川一夫氏のようなキリスト者もいるが)

私が言いたいのは,「知らなかった時のこと」について後から批判することは容易いし,そんなことを穿り返して批判することに何の意味があるのか,ある。

作家の高橋和巳に「知ったことに対する無関心は,悪ですらなく,人間の物化である」という言葉がある。私は,遅かろうが早かろうが,知った時に「無関心」ではなく,自分にできることをすればいい,と思っている。

ただ人を責めるだけの文章など,品性を疑う。

歴史の過ちを正直に認め,その歴史から何を学ぶかであろう。そして,他者を責める前に,まず自らを問うべきであろう。自らの「今」を問わず,他者の過去を責める愚かさこそ,私は糾弾したい。

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2013年03月07日

「悪口」と「批判」

前回に続き,「批判」について考えてみたい。

世の中には独特の考え方をする人がいる。そのような人は,往々にして通常とは異なるその人独自の「表現」や「言葉」を使う。その人独自の解釈による「表現」「言葉」であって,通常の解釈や意味とは異なる。誰にも迷惑をかけない「独り言」程度の「言葉遊び」ならば,それもよかろうが,自己流の解釈と「表現」「言葉」によって他者に不快感をあたえている場合,それは誰にとっても迷惑でしかない。

池田晶子さんの『考える日々』に,次の一文がある。

…「批評」と「悪口」の違いを,わかっていない。ていよくは「批判」と言われたりもするが,もしもそれが正当な批判であるなら,批判の基準は客観性にあるはずである。
ところで,客観性とは,主観性ではないから客観性というのであって,いつどこで誰が考えてもそのようであるというその基準は,したがって,批判しているその人には,その意味では無関係である。また,批判されるその人にも,同じ意味で無関係である。そこで正当に批判されるべきなのは,つねに,「考え」,誰のものでもなく,したがって誰のものでもあるその「考え」だけのはずである。なぜ,誰であるかが問題か。
誰であるか,が問題である人が多いように思う。「考え」と「人」とを,うまく分けられないのだろう。分けられないから,その人の「考え」を批判しているうちに,「その人」が気に入らなくなってくる。気に入らないなら,ほっときやいいのに,ほっておけずに悪く言う。言論の人々,これを「批判」というのらしい。悪口とは違うと思うのらしい。
わざわざ自分の人生の時間を割いて,他人の考えを批判するからには,それが世のため人のためでなければウソであろう。その人を叩きたいがために叩いているような意見を,世の人はまず聞いていない。みんなそんなに暇ではないのである。
ところが,ここが面白いのだが,言論の人々,自分たちの論戦の雌雄を決することが,世界と歴史を決することだと,深く思い込んでいる。だんだんと思い込むようになるのだろう。すでに感情の泥仕合と化しているもの,アイツを叩くことが世界と歴史を決することでなければ,公である手前,引っ込みがつかないとやはり感じるのだろう。
しかし,そんなことは,ないのである。アイツは世界ではないのである。井のなかの言論戦とは無関係に,世界と歴史は本日も滞りなく,その歩みを進めている。

(言論の中の「悪口」と「批判」)

この一文を読みながら,思い出されることがある。なるほど,そういうわけだったのか,と妙に納得してしまった。


ブログが普及した結果,誰もが一端の評論家のように世情や物事に対して意見を述べたり,批評を書いたりする。これ自体に何の問題もないが,中に「論文」「批判検証」と諄いほどに言い訳を書きながら,実際は他者に対する「悪口」「揶揄」「愚弄」でしかないブログもある。感情にまかせて言いたい放題,他者の人権など無視である。それに引き替え,自分の人権だけは主張する。何とも自分勝手な言い分と思う。

私に関しても好き放題に書いている人がいるが,何一つとして私が納得する内容はない。論争をする気にもならないほどの的外れな内容である。論理そのものが,よく言えば推量だが,実際は臆測でしかない。あまりも稚拙な邪推である。
一度も会ったことも話したこともない人間に関して,何年間も悪口雑言を書き続ける無神経さと執念深さに辟易してきた。その独善的な解釈(曲解)は,結論ありきが前提で,その結論につながるように何事も解釈していく手法は論理ではない。書かれている本人が思ってもないことや考えてもないことを断言され,事実でないことを事実であると断定され,唖然とした。
これって「批判」なのか?どう考えても「悪口」(しかも独断と偏見から)であって,根拠も曲解でしかない。

人間,相性もある。意見や考えの相違もある。好き嫌いもある。気に入らないことも多々あるだろうが,池田さんが言うように,「考え」と「人」を分けられないのだろう。

どれほど高尚な論述をしていようとも,正当な提唱であろうとも,その文章表現に他者に対する尊重もなく,他者の「人」(人格・人間性)に対して悪意ある揶揄・愚弄を書くならば,それは「批判」ではなく「悪口」でしかない。


ここ1ヶ月ほど,ハンセン病一筋に医療に携わってこられた犀川一夫氏の書かれた自伝的な回想録『門は開かれて』『ハンセン病医療ひとすじ』を耽読していた。

彼は光田健輔の愛弟子であるが,隔離政策に反対し,光田退職後に愛生園を去り,海外や沖縄での外来治療方式を推進した。

彼の著書を読みながら,不快感がまったくなかった。むしろ清々しさ,人と人との交流の温かさを強く感じる。人に対する「視線」がちがうのだろう。
彼の著書には「批判」はあっても「悪口」はない。

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2013年02月24日

「批判」

前回,私は「前任者の自殺」などとブログに書くことへの無神経さを問題にしたが,それは死者はもちろんであるが,それ以上に遺された遺族への配慮のなさに呆れたからである。自分のことしか考えない人間の傲慢さへの怒りである。


そのような無神経な人間とは対照的な人間もいることをあらためて知った。

先日,週刊誌(漫画だが…)に掲載されていたエッセイに深く考えさせられた。
著者は,話題の映画『遺体〜明日への十日間〜』の原作者である石井光太さんである。この映画は是非とも観たいと思っている。

無断転載ではあるが,このエッセイの全文(「ちいさなかみさま」)をPDFにして掲載しておく。多くの方に読んでもらいたいからである。

このエッセイで紹介されている二人の「死者に対する畏敬」の姿に感動した。
人は,時として,その在り方によって自らの本質を見せる。決して意識しては見せることのできない姿である。本質は,自然のうちにあって無意識に体現されるのである。意図的に自らをよく見せようとか,評価してもらおうとかという姑息な人間には真似さえできないだろう。高慢さは高慢さとして,姑息さは姑息さとして表出される。

自己正当化・自己保身のために「他者の死」さえも利用する者は,いくら強弁しようとも,多くを語れば語るほどに,指の間から零れ落ちる砂のごとく,その本性を曝け出す。品性の乏しい人間が書く文章に他者の傷みへの共感はない。自分を容認する者,自分を評価する者には優しく,自分を批判する者,自分の考えと相容れない者には非難と攻撃を行う。


一人は,専門学校の葬儀関連コースで「死に化粧の方法」を教えている宿原さんである。

「故人にお化粧をする際は、まず手を合わせて『おじいちゃん、ちょっと協力してね』と声をかけてから、行うようにしています。死に化粧っていうのは、単に化粧をすればいいというわけではありません。
最近の人は延命治療を受け、薬漬けにされて亡くなるので、とても苦しそうな表情をして口を開けたり、眉間に雛が寄っていたりします。お化粧の前は筋肉を揉みほぐし、ロを閉め、表情をできるだけ和らげなければならないのです。そうやって表情を変えてから、保湿クリームをたっぷりと塗った上で、ご遺族に生前の表情をお聞きしたりしながらお化粧をしていくのです」

「ただ、自殺した方の場合、参列される方々もそのことを噂として知っていることがあります。そんな時、ご遺族には尋ねにくいので、葬儀会社の人間である私に『死因はなんですか』と尋ねてくるのです。そんな時、私は『心筋梗塞です』と答えるようにしています。ご遺族の立場を守るために、そう答えるのです。嘘だと言われれば嘘かもしれませんが、故人のプライバシーを守るのもーつの仕事なのです」

自殺だと答えれば、参列者の間に噂が広まり、遺族はさらに辛い思いをする。それを防ぐのも自分の仕事だと考え、化粧と言葉で故人のプライバシーを守っているのだ。

宿原さんのように,たとえ多くの参列者が知っていようとも,故人の尊厳とプライバシーを守り,遺族にさり気なく気遣う人間もいれば,故人と遺族が特定できるにもかかわらず「前任者が自殺」と自己保身のために繰り返し書く人間もいる。遺族への心遣いさえせず,まして同業の宗教家であるにもかかわらず,まるで戒律を破った者への見せしめのように,死者に鞭つ。

「善きサマリア人」とは誰だろうか。


もう一人は,映画にも登場する,東日本大震災の直後に死体検案の仕事をした医師である。津波で亡くなった人が毎日何十人も運ばれてくる中,一体一体遺体を調べて死因を書き記し,DNA試料を採取した。

最初に私がK医師と話をした時,こんなことをつぶやくように言っていた。

「みんな窒息だから,本当に苦しそうな顔をしていたよ。口を開けて叫ぶような表情だった。毎日,何十体もそれを見ていると,ほとほと気が滅入ってきた」

遺体はヘドロにまみれ,ねじまがり,苦しそうに顔を歪めたり,何かにしがみつく姿をしていたりしていた。同じ町の人たちがそんな姿となって運ばれてきて遺族が泣き叫ぶのを目の当たりにするのは,さぞかし辛かっただろう。

それから約一年が経った。ある夜,私はその被災地を訪れ,K医師と仲のいいS歯科医と酒を飲んでいた。その時,S歯科医が言った。

「K医師いるでしょ。先日,あの人が震災の特番に出たんだよ。その時,K医師はテレビカメラの前で,こう言ったんだ。
『津波で死んだ方々は即死だった。だから,まったく苦しんでいなかった』って。
俺も遺体安置所で歯形の確認をしていたし,K医師もずっとご遺体の検案をしていた。だから,ご遺体が苦しそうな顔をしていたのはわかっていた。それでも,K医師はテレビを観ている遺族に配慮して,『津波で死んだ人は苦しんでいなかった』って言ったんだよ。俺は本当にK医師が偉いと思ったよ」

テレビの前で嘘をつけば,記録として残ってしまうし,同じ医師から「何を言っているんだ」と非難される可能性もある。だが,K医師はそのリスクを承知した上で遺族の気持ちを考えて嘘をついたのだ。

私は,石井さんの最後の言葉が強く心に残っている。

…人は死に際して多くの荷物を遺していくものであることを思った。遺族だけでそれを支えきれない時,周囲の人々がそれを分かち合って支えなければならない。そうして初めて遺族は生きていけるのだ。

東北大震災,巨大津波で犠牲になった多くの方々を取材する中,「遺体」に寄り添う遺族を支える人々の姿を間近に見ることで,石井さんは知ったのだろう。

「事実」であれば,それを公開してもよいのだろうか。公開することで傷つく人や悲しむ人,不愉快な思いをする人がいても,「事実」であれば明らかにしても構わないという考えにはなりたくはない。黙して語らず…私ならそちらを選ぶ。世の中の,まったく関係のない人々にまで言い広めて何になるというのだろうか。私には理解できない。


池田晶子『考える日々V』に「他人を言い負かしたいだけの人」と題した一文がある。

「批判」という言葉を使いながら,実は「たんなる揶揄と中傷と揚げ足取り」でしかない他者への「批判」を書く人々への痛烈な「批判」の一文である。
哲学者らしい明晰な論理展開である。

たぶん忘れているのだと思うから,あえて教科書的なことを述べるけれども,この言葉の本来の意味,すなわちその行為と精神の本来は,例のカントの『純粋理性批判』,あの意味における「批判」に尽きている。考える機能としての理性が,自身の妥当性を吟味し,判断するということである。易しく言えば,「考える」ということを考えることで,それがどう正しくどう正しくないのか,より明らかに知ることである。

なぜそんなことをするかと言えば,より明らかに知りたいからに決まっている。そも「要る」ということは,より明らかに知りたいという動機以外によっていないのだから,知るために考える限り,考えることを考え始めるのは当然である。こう考えることは,正しいのか,正しくないのか,正しくなければ,どう正しくないのか。それを知ることで,さらに明らかに知ることができる。「批判する」とは,こういうことを言うのである。

なるほど,考えることを考えるとは,それ自体が否定の活動ではある。すでにそう在る事柄について,それはどういうことなのかと考えるのだから,理性とはその本性が否定性なのである。しかし,理性によって否定することと,感情によって非難することとは違う。たとえは,マルクスによるヘーゲル批判,ああいうのを正当にも「批判」というのである。考えのみによって,考えをひっくりかえしてゆく,それができない程度に応じて,人は感情的になる。

ネット社会となり,人々が自分の意見を述べる場が拡がったことで,誰もが手軽に(安直に)何にでも首を突っ込み,勝手な意見を述べる。「言論自由」を批判しているわけではない。ただ,その内容に,その人間の姿勢が反映する以上,「何でも書けばいい」という「自由」が他者を傷つけ,他者の人権を侵害している事実を批判しているのだ。

出版される本には,それでも編集者(そのレベルには疑問も感じるが…)によって「校正」が行われている。他者(専門家)による「チェック」が行われるか,独りよがりの文章が垂れ流されるか,その違いだ。blogの弊害を私は問題視しているのだ。

「文章作法」についても同じである。論文でもレポートでも「書き方」を学ぶ機会は減少しているのではないだろうか。それ以上に,意識して勉強(修練)する人間が少ないのではないか。

昔は,文章の書き方を高校から大学にかけて担当教官やゼミ教官から厳しく指導された。学生もまた,論文では清水幾太郎や桑原武夫,小説や評論では三島由紀夫や小林秀雄など多くの名文家の本を読んだり,彼らの文章を参考にしたりして表現方法を学んだ。

文章は誰かに指摘されることで上達する。誰からも指摘されないことは不幸とさえ思う。独り善がりの文章と内容により,気づかないままに他者を傷つける文章を書き続ける。

「…たんなる揶揄と中傷と揚げ足取り」とは,実に言い得て妙である。「批判」と称しても,その内容が他者に対する「揶揄と中傷と揚げ足取り」であれば,そこに真実などありはしない。「批判」と思っているのは当人だけであり,もし共感する人間がいれば彼もまた同程度なのだと私は思う。

…また,自分には窺い知れない他人の仕事について,安直に口を出すべきではない。小説家は小説を書き,哲学者は哲学をする。そこに何の不満があるのか。何にでも口をつっこみたがるのも,「言論界」にたむろする人々の見苦しい行ないである。

批判といい,批評といい,本来は正々堂々の精神活動なのである。それを今日のような下劣な姿に貶めたのは,他でもない「言論人」たちの,その品性なのである。

池田氏の痛烈な批判に自らの顧みるべきだろう。「言論人」がblogの登場により「一般人」(blog人)に拡大されている。内情深く知りもしないことを,まして一面識もない(直接に知りもしない)他者のことを,安直に語るだけでなく,的外れな「批判」などすべきではない。
知らないからこそ「虚偽」を捏ち上げるしかなくなるのだ。それこそ「嘘」に「嘘」を重ねるしかなくなるのだ。

もっとも良識ある人間はそんなことしないだろうが…。

posted by 藤田孝志 at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 断章と雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月05日

自惚れた大義名分…「三園長証言」

修学旅行の新たな訪問先に「沖縄愛楽園」を選定し,従来の平和学習に「ハンセン病問題」を組み込んで以来,「戦争とハンセン病」に関係する書物を読み深めている。その中の一冊,藤野豊氏の『戦争とハンセン病』は,戦前の隔離政策が戦後も継続した歴史的理由を明確に解き明かしており,ハンセン病の歴史的背景がよくわかる。

特に「三園長証言」における光田健輔の果たした役割の大きさに慄然とした。一人の権威(権力)を持つ人間が頑迷に自説に固執するとき,歴史において取り返しのつかない罪過を生み出す。自説に固執し,自己正当化を図るほどに,その罪過は大きくなる。まるで,嘘をごまかすために更なる嘘を重ねるように。

光田健輔は自らの虚偽に気づいていたのだろうか。彼ほどの勉強家であれば,最新の医学情報を知らぬはずはないだろう。私は,彼の言動の根底に,異常とさえ思えるほどの自負心を感じる。

光田は「三園長証言」において,ハンセン病の感染力の強さ,家族間の感染を強調することで自説である「強制隔離と断種」の必要性を強く述べ,さらにはプロミンの効能にも疑問を呈している。


戦後,アメリカからハンセン病の特効薬であるプロミンが入ってくると,ハンセン病の症状は劇的に軽快した。このプロミンの成果により,「不治の病」であったハンセン病が完治可能な病気となったことで,厚労省も「絶対隔離政策」の方針を転換する方向に動き出した。
しかし,これに猛反対したのが光田健輔である。

1951年11月8日,ハンセン病政策について審議していた第12回国会参議院厚生委員会に5人の参考人が招致され,その中に多摩全生園長林芳信,菊池恵楓園長宮崎松記,長島愛生園長光田健輔の三園長がいた。彼らの証言を「三園長証言」といい,この「三園長証言」によって戦後の絶対隔離継続が決定づけられたとされている。
藤野氏は,三人の発言は実際には異口同音ではなかったと分析し「林は,隔離強化を求めるとか,軽快退所に反対するというような発言はいっさいおこなっていない」「患者が自主的に隔離に応じるような療養所の改善の必要に言及していた」と,他の二人とは大きく異なるものであるという。私も「証言」を読んでみて同感である。宮崎や光田とは趣旨がちがっている。

林は,プロミンによる治癒を前提にした法改正を求め,宮崎と光田は治癒を否定して隔離強化のための法改正を求めた。三人の発言を「三園長証言」と一括することはできない。隔離強化のための法改正を求めて,宮崎は過去の戦争を,光田は現在の戦争を,それぞれの根拠とした。


私が問題としたいのは,光田健輔の頑迷さである。

光田が最終目的としたのは,「ハンセン病の根絶」である。そのために感染源であるハンセン病患者を収容施設(療養所)に「強制連行・強制収容」して「絶対隔離」する。そして,絶対に退所させない「終生隔離」を行う。光田健輔が推進してきた絶対隔離政策である。

さらに光田はハンセン病患者の徹底根絶のため子孫さえ認めぬ「中絶」「断種」を推進する。感染症であるハンセン病にあっても「罹患しやすい素質は遺伝する」と光田は考えていたからである。
光田は,1906年の論文で「癩病に犯され易き体質に寄生発育して数年の潜伏期を待ちて之の人を癩病たらしむ」と述べている。


時は流れ,ハンセン病医学も進歩し,治療薬プロミンが劇的な成果を生み出しても,光田の信念は変わることはなく,むしろより意固地になっているように思える。
光田には「韓国・朝鮮人に対する激しい民族差別の感情が根強く存在した」と,藤野氏は指摘する。

「三園長証言」のなかで,光田健輔が隔離強化の根拠としたのが,朝鮮戦争下の韓国・小鹿島からハンセン病患者が日本に流入しているという事実認識であった。

…光田がこうしたことに言及したのは,歴史的に多くのハンセン病患者が朝鮮半島から日本に流入しているという彼独自の思い込みによるものであった。

…光田が衆議院行政監察特別委員会でおこなった証言は,事実に基づかない思い込みや推測で述べたものに過ぎない。故意に事実ではないことを光田は吹聴し,絶対隔離政策維持の根拠としたのである。この証言は,絶対隔離政策維持のために故意になされた偽証に限りなく近いものであった。朝鮮戦争に乗じて「韓国癩」の恐怖を煽り,絶対隔離政策を維持させようとした光田の戦略であった。

藤野氏が引用している長島愛生園の金泰九さんの逸話は,私も直接に聞いて知っているが,光田のパターナリズムを象徴していると思う。

光田健輔にとっての大義名分は「ハンセン病の根絶」であり,そのためには「絶対隔離」も「中絶」「断種」さえも手段として肯定される。
目的のためにはいかなる手段も肯定される。事実に基づかない虚偽であっても,自説の正当化のためであれば平気で嘘を突き通す。国際会議の動向さえも自説に反する場合は徹底して無視する。

光田が出席した1923年の第3回国際らい会議において,世界の趨勢が家族内隔離に移行していることに対して「再発の恐れ」を理由に光田は隔離を主張して反対している。
さらに,1951年に日本を訪問した外国人医師との議論でも自説を頑強に主張し,翌年に東京で開かれた「国際ハンセン病化学療法研究会」においても外国人医師の研究成果に対して自説を主張して譲らなかった。
この頑迷さ,剛愎な性格,意固地さは,どこから来るのだろうか。ハンセン病研究の権威者としての自負心からだとすれば,自惚れも甚だしい。謙虚さを失った研究者に進歩はない。

光田の「ハンセン病根絶策」は実に単純である。
日本中の「ハンセン病患者」をすべて見つけ出して「強制収容」して一歩も外に出さない「絶対隔離」を行いながら,収容者の子孫を残さないように「中絶」「断種」を強要することで,日本国内を「ハンセン病患者」の存在しない「無菌状態」にする。そして,ハンセン病患者がすべて「死亡」することで彼の政策は完遂する。

光田の大義名分は,自説を狂信する「自惚れ」でしかない。その結果,多くの人間を絶望の淵に追い込み,人生を狂わせてしまった。それどころか,多くの人間を死へと追い込んでしまった。

光田のように自説に固執し,自説の正当化のためには手段を選ばず,勝手な大義名分を振りかざして攻撃する人間は,現在もいる。

posted by 藤田孝志 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 断章と雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月01日

7年前

次の拙文は7年前に書いたもので,旧HPに掲載していた。

目的は手段を正当化する−Der Zweck heiligt die Mittel−

イラク紛争・報復テロなど,ここ最近の政治情勢を見ていると,かつて埴谷雄高が編著『内ゲバの論理−テロリズムとは−』で問いかけた<目的は手段を浄化しうるか>という命題が蘇ってくる。そして,この命題は政治のみならず,すべての運動や活動,教育の場においても問わなければならないと命題と考える。部落解放運動においても,人権教育・同和教育においても必然の命題である。

ここ数日,思うことがあって遅ればせながら『同和利権の真相』シリーズを読んでいる。また反論の『…深層』なども読み合わせている。正直,いろいろと思うことはあっても,今まであえて踏み込まなかった部分だが,立場を越えてやはり考えるべきことだと思うようになった。部落史に専念してきたことより,全解連という立場と相容れない立場に自分がいるということから,よく読みもせず,一方の論調に与していたというのが偽らざる事実だ。だが,はたしてそうなのかという疑問が常にあったことも事実だ。どちらの言い分が正しいのかということも含めて,この問題について自分なりの考え,そして今後の方向についても考えてみる必要を感じている。

というのは,最近,いくつかの差別事象に対して同和教育の実践者と自任している方々の批判を読む中で疑問を感じることがあったからだ。端的に言うなら,ある種の扇動的な感じを受けた。差別事象や差別者を「糾弾」するのではなく「指弾」することで同調者の結束を意図しているように感じられた。幾度も繰り返し表現される「仲間」とか「つながり」という言葉に「利害」や「排他性」を感じてしまう。かつての学生運動に見られた「党派性」や「セクト主義」と同じものが見える。

私はいかなる理由があろうとも「目的のために手段が正当化」されてはいけないと思っている。

人に違いがあるように,闘い方にも違いがある。しかし,私は「活動家」ではない。私は「教師」だ。「利害」や「戦略」とはもっとも遠い場所に立つべき「教師」である。「差別」に反対する「活動家」は「差別」がなくなると困る。「差別」がある方が自分の活動の場が広がる。「差別事象」が起これば起こるほどに,自分が必要とされるわけだからだ。「差別事象」を媒介にして自分を売り込んでいる「活動家」の姿がそこに見えてくる。この自己欺瞞を自らに問いながらも越えていこうとする者は少ない。同和教育が繰り返し提唱してきた「つながる」「仲間を大切にする」「被差別の立場」「被差別の現実に学ぶ」というフレーズのもとで,どれほど人を大切にしてきているだろうかを改めて自らに問い直す者は少ない。

一昨年の全国人権・同和教育大会のある分科会,発表者である教師にある青年が会場から辛辣な批判を繰り返した。その大義名分は「部落の子」「ムラの子」のために,の繰り返しであった。それを聞いていた私の友人は,「しんどい思いで生きているのは部落の子だけか」ってつぶやいた。「部落のため」「ムラの子のため」がすべてではないだろう。一方に立つことは他方を否定することにつながる。教師は「弱い子(立場)」「被差別」「しんどい子」という表現に弱い。でも,冷静になって考えみるとき,はたしてそうだろうか。私はそうは思わない。そうであってはいけないと思う。「闘う」のではなく「なくす」ための教育が必要だと思う。「指弾」ではなく「糾弾」である。水平社宣言の精神をまちがって受けとめてはいけない。なぜ最後の一文が「特殊部落民」ではなく「人間に光あれ」なのかを。

原点に還るべきと思う。同和教育は「部落の子のため」ではなく「被差別の立場のため」に始まった教育であるが,その本質は「すべての子のため」にあらゆる不合理な差別をなくしていく教育の営みであったはずだ。

いつしか「目的」が「手段」を正当化してしまっている。「目的」のためには,いかなる「手段」であろうとも正当化され,許されている。今年,私は自己欺瞞と決別したい。大義名分も甘言も排して,孤立無援の中になっても真実を凝視して生きたい。

今年,第64回全国人権・同和教育研究大会が岡山で開催される。実は,7年前を最後に,以後は一度も参加していない。参加する意味を感じなくなったのが正直な理由である。違和感と言ってもいいだろう。

地元開催ではあるが,多分行くことはないだろうが,発表レジュメを見てから決めようかと思っている。


次の拙文も,以前に掲載していたものだ。あらためて「初心」の大切さを思う。

権威と権力

教師の立場,教師の都合,学校の校則や秩序というものをふりかざし,どれだけ子どもの真実を黙殺し,人間としての願いをふんづけてきたことか。そのときわたしは子どもや親にとって,権威者,権力者としての存在であった。でも「よか先生」と思いこみ「民主的教師」と胸を張っていたのだ。子どもたちは,教師を選択する立場にはない。人間同志だから,子どもにとって不幸な出合いもある。教師との出合いは宿命的ですらある。だから,教師はせめて子どもの前に立つとき権力者であってはならない。子どもの前の権力者であったとき,例え彼が労働者であることを誇りにしていようと,すぐれた組合活動者として反権力の闘いを展開していようとも,つまり,彼の主観的意図や客観的立場を超えたところで,彼は子どもや親にとって差別者以外の何でもなくなってしまう。それは恐ろしいことなのだ。いま,漸く,それが分る。          

(林 力『差別認識への序章』)

「立場が人を変える」と自分の変わり身を正当化した教頭がいる。だが,それは自分自身への言い訳にすぎない。「立場」によってではなく,自分が「立場での言動」を選択したのだ。いかなる「立場」であろうとも,決して自分の本質を変えることなく職務を遂行していく者もいる。「立場」に付随する「権威」を自分が生み出したと勘違いし,「権力」を行使する者はその愚かさに気がつきさえしない。

管理主義教育の弊害は,生徒を管理する以上に教師を管理することだ。その根本的な要因は,管理職が「権威者」と自らを錯誤することから生まれる。それらは日常の職場で「指示・伝達」という命令と,「報告」という義務の形で「目に見えぬ抑圧」となって,管理職自身を高慢にし,教職員を束縛していく。「生徒のため」という大義名分を題目のように利用しながら,彼らの視線には「生徒」ではなく,クレームを言うかもしれない「保護者」しか向いてない。教育委員会の忠実な代理人となり,自らの保身のみを考える。このような教育こそが管理主義教育である。

「最近の教員には情がないね」と,同僚の先輩女性教師が漏らした言葉が心に突き刺さっている。確かに,若き日に出会った先輩には「情」があった。生徒に注ぎ続ける深い愛情と親身になって関わる姿勢に多くを学んだ。体裁ばかりを取り繕う教師,規則や規律を押しつける教師,ただ無難に職務を遂行するだけの教師が増えている。教師から「情」を奪い,「事勿れ」を優先させているのも管理主義教育と思う。

「権威」は「立場」によって得られるものではなく,周囲が認めることで付与されるものだ。「立場」によって与えられるものは「権威」ではなく「権力」である。「権力」の行使に満足感を得る人間が歴史を歪めてきた事実を忘れてはならない。

同様に,いかなる管理主義者がいようとも,無批判に追随してはならない。林氏の至言にあるとおり,教師は権力者であってはならない。このことだけは自戒し続けなければならない。


先日,あるサイトの「掲示板」に次のような書き込みをした。

ある講演録を読んでいて,なるほどと思うことがあった。○×の世界観っていうんだけど,二極化して物事の価値を判断する傾向が現代人には強いそうだ。これも教育の弊害,共通1次世代,TVクイズ世代に多い。つまり「できる・できない」「強い・弱い」「やれる・やれない」という価値判断によって物事を見ている。このような価値観だと,できない子は×,強くない子は×となってしまう。これに「正義」とか「正当」とかいう理屈がくっつくと,「差別」にしても二極論になってしまう。はたしてそうだろうか?人間ってそれほど単純ではないような気がする。「差別をする・しない」「差別を許す・許さない」ってね。
現実社会において,そんなに強い人間ばかりではない。強くなくても,できなくても,一生懸命に生きようとする子もいる。いっぱいいる。差別を許せないけど,そこまで強く言動できない子もいる。ハンセン病訴訟のとき,私は原告にはならないけど,あんたらの言いたいことはわかるし応援をしている。がんばってな!と言ってくれた同じ入園者が支えになったって言ってた原告の方がいる。できなかったら,できる人がすればいい。できない者をできる者が批判するのは簡単だし,まして排除するのはたやすい。

がんばれ,がんばれの言葉が重荷になることもある。心配しているという言葉が負担になることもある。頻繁な励ましが苦痛になることもある。かつて不登校の生徒が担任の家庭訪問や電話が一番苦痛だったって言ったことがある。人間関係は一方通行であったらいけない。相手のことを思いやる場合,自己中心的になってはいけない。そっと見守ることが適切なこともある。

以前にはこのようなことは思わなかっただろう。「差別者」は決して許さず,また「傍観者」も許さなかった。「差別と闘う子」を育てることが同和教育と思ってもいた。確かに,これは一面の「真理」ではある。しかし,「差別と闘う」立場だからといって,自分の判断で一方的に「差別」と決めつけて,その言動だけでなくその人間を否定することに疑問も感じてきた。「差別と闘う」言動ができない者は「差別者」なのだろうか。「傍観者」は「差別者」なのだろうか。「差別」を受けたことがないから「痛み」がわからず,そのような甘いことを言うのだ,という批判もあるだろう。

しかし,「差別者」と「差別」はちがう。「差別を受けた者」が他の場面では「差別者」となることもある。その逆もある。このことからも重要なことは,「差別者」を糾弾することではなく,「差別」をなくしていくことだと思う。「差別者」の責任追及や批判をすることが「差別」をなくすことになっているように思える。さらに「差別者」を批判することによって,自分が「差別」をなくす立場に立っていると思い,しかも「差別者」ではないことが証明されたとでも思っている。「差別者」を「敵」としか思えずに批判し,排除さえする者が,自分を問わずに「差別」をなくすことなどできるはずもない。

「権威」ある者と思いこむことの恐ろしさは,「差別者」と決めつけて指弾する者と同じだ。人間が幸せに暮らすことができる社会を実現するために「人権」がある。「人権」が認められる社会を実現するために「差別」をなくさなければならない。すべての人間が住みよい社会であって一部の人間であってはならない。

まずは自らを問うことだとあらためて考えさせられた。


前任校での約10年間,前半と後半それぞれに違う意味で「試練」であり「成長の糧」の時期であったと思う。人との出会いによって人間は成長できるのだと振り返って思う。

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2012年02月06日

埋没する史料

先日,県立図書館にて収集してきた資料を整理しながら,悔しさと憤りの入り交じった複雑な気持ちを抱いている。

旧全解連系の岡山部落問題研究所の研究紀要『調査と研究』には,今まで私が知ることもなかった史料や研究が多く掲載されていた。それらは研究所が所蔵している史料であり,その解釈と研究である。

私は今まで,どちらかといえば部落解放同盟系の研究書を中心に研究を進めてきた。それは部落問題に関する考えの相違からであったが,基本的にどちらに属するのでもない立場を守ってきた。
しかし,部落史研究において両組織の分裂と対立は,貴重な史料や研究を埋没させるだけであると,あらためて痛感している。

岡山の現状は散々である。岡山部落解放研究所においては貴重な史料や研究文献を保管しているセンターが係争中のため閉鎖状態であり,研究所員も少ない。以前のように気軽に訪ねて,書庫を調べることも教えを聞くこともできない。
岡山部落問題研究所については現在の状況をまったく知らないが,近年の研究紀要では部落史に関する研究成果は,ほとんど掲載されていない。
両研究所に保管されている貴重な史料類は,今後どのようになるのだろうか。日の目を見ることもなく埋没していくだけなのだろうか。


『調査と研究』に掲載されていた人見彰彦氏や大森久雄氏の史料紹介や研究を読み直してみたいと考えている。

特に,人見彰彦氏の「部落史のひとこま」はコラム的な短文ではあるが,研究所に保管されている史料を紹介しながらの解説であり,実に興味深い。

岡山藩における「穢多頭」に関する史料は,穢多の担った「御用」について詳しく,参考になる。治安維持や下級行刑に関する史料は,私が求めていたものである。
他にも「目明し」の実態,穢多との関係,キリシタン追捕,寺院と宗教など,私にとって重要な示唆に富んだ史料と研究である。

「捕亡吏」についても,穢多・非人は任命されていないと私は思っていたが,任じられていた史料(「其方共儀,改めて捕亡方頭取申し付候…」)が紹介されている。
さらに,解放令発布後に,持ち主による死牛馬の処分が命じられながら,「目明」役については従前のままとされた史料もある。

人見氏の紹介しているこれらの史料について検証し考察してみたいと考えている。特に,岡山における穢多・非人が担った下級警察などの役務,目明役に関して調べ直してみようと思っている。

できれば,原文を読んでみたいのだが…むずかしい。両研究所に保管されている史料を読解すれば,岡山の部落史も相当に解明されると思う。だからこそ,埋没していく史料が惜しいのである。

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2012年01月28日

西の丸騒動

昨日,山本博文氏の『江戸のお白州−史料が語る犯科帳の真実』を読んでいると,彼が度々紹介する「西の丸騒動」が再び取り上げてあった。
この騒動について,以前BBSに書いたことがあるが,現在は「非公開」にしている。

HPも長く放置したままになっているが,あひる企画の本業が忙しく手が回らないことが最大の理由なのだが,私も少し思うところがあり,そのままにしている。再構築・改造のプランはできているのだが…。
BBSに関しても閉鎖して,HPの改造と同時に新たに立ち上げるつもりでいる。そこで,せっかくなので,「非公開」にしている拙文のいくつかをジャンル別にブログの方に分類・修正して転載しておこうと思う。

この「西の丸騒動」に関する拙文を転載しておく。


『江戸の金・女・出世』に次のような逸話が紹介されている。この史実については山本氏は他の著書でも書いているが,池波正太郎氏の『仕掛人 藤枝梅安』にも作中話として使われていた。

文政六年(1823)四月二十二日夜,西丸書院番士が,同僚三人を惨殺,二人に重傷を負わせ,自らも切腹して果てた。
犯人の松平外記は,三百俵を給される旗本だった。この年三十三歳,父は西丸御小納戸頭松平頼母である。
西丸は大御所または将軍世子の住居で,当時は十一代将軍家斉の世子家慶がいた。御小納戸頭というのは主君の身の回りのものを用意する役職の長である。外記は,その惣領で,父在職中の時から西丸書院番士に召し出されたエリートである。

…外記はなぜこのような刃傷事件を起こしたのだろうか。
それは,将軍家斉の鷹狩りにあたって,かねてから望んでいた拍子木の役に抜擢されたことによる。
鷹狩りの時は,書院番士や小姓組番士が勢子となって鳥を追い出す役目を務めるが,拍子木役はそれらの番士を指揮する役目である。将軍の側で拍子木を打って同僚を動かすのであるから,非常に晴れがましい任務である。
ところが,先輩の西丸書院番士の中にも拍子木の役を望んでいる者が多く,事あるごとに嫌がらせをする。

…外記も十三年間御番を務めたベテランだったのだが,まだ先輩の番士が多く,勤務で会うたびに悪口を言われ,またこのような名誉ある役は先輩に譲るべきだというようなことを聞こえよがしに言われたようである。
ほかに,この事件を書き留めた史料には,演習の時,外記の弁当に馬糞が入れられていたというような話ある。
このようないじめに耐えかね,外記は,ついに拍子木の役を辞退することにした。
先輩たちもこれでやめておけばよかったのだが,鷹狩りが終わった後の勤務の時,またまた外記に雑言を投げかけた。
拍子木の役を取り上げられたことを恨みに思っていた外記は,又候雑言を吐く先輩に,ついに切れてしまった。

この逸話,何も江戸時代だけではない。似たような話は,現代にも身近にも多く散見する。

少しからかった程度と思っているのは本人だけで,からかわれた方がどれほどに腹立たしく思っているかなど想像もできないだろう。(想像して,あえてそうすることが楽しくてしている人間もいるようだが…)
しかも,まだ一時のことなら我慢もできようし,恨みに思っても時が忘れさせてもくれるだろう。しかし,執拗に継続的に繰り返されれば,その憤怒は積み重ねられていく。雑言を吐く側は,相手が耐えていることに気づかず,調子に乗ってより辛辣さを増した悪言や皮肉,イヤミを口にしてしまい,ますます度を超したものへとなっていく。
からかいが「イジメ」に発展するのは,この両者の認識や感覚の違いに起因する場合が多い。また,継続されること,繰り返されること,その執拗さが「イジメ」の特徴である。

この両者の認識の違いが限界点を超えたとき,惨劇が起こる。事の是非でも行為の善悪でもない。山本氏が書いているように「やめておけばよかったのだ」である。後悔先に立たずである。

相手の気持ちに気づかないことが悲劇を生む。
相手をいたぶることを心地よいと感じる自らの心根の歪みに気づかないから,いつまでも繰り返し続けるのだ。皮肉やイヤミを,いつまでも続けて平気でいられる人間性そのものが歪んでいるのだ。捻くれた性格と言ってもいいだろう。だが,当の本人はそんなことは微塵も思っていない。すべて相手が悪いのだから,自己正当化などいくらでも理由づけられる。周囲に吹聴する自己正当化の言い訳も「くどく」なっていくのは,それだけ理不尽なことを自分がしている証左であると周囲が思っていることさえわからないのだろう。
要するに,相手が厭がっていることをしなければいいのだ。単純なことだ。

多くの場合は,そんなことで自らの人生を棒に振ることのバカバカしさから耳を伏せて相手にしない方を選ぶ。関わることを避け,雑言を無視する。親しい友人もそのように助言するだろう。しかし,当の本人は,相手が反応しないことをいいことに,それを笠に着て,ますます増長して,執拗に中傷と挑発を繰り返すことが多い。
「やめておけばよかった」のだ。それに気づかない傲慢さと慢心が命取りになる。自分にしか目が向かない人間や自分を価値基準に他者をはかる人間は,往々にしてこのような錯誤をおかす。
しかも,更にタチが悪いことに,このように拗れた場合,どちらが正しいとか,どちらが先にとかといったことは関係なくなってしまっていることに気づきにくいことだ。年月が過ぎるほどに,もはやそんなことはどうでもよくなっている。ここにも両者の間の錯誤がある。復讐や報復,仕返しに善悪の判断も合法性などもはや関係なくなっている。意趣返しであろうが逆恨みであろうが,そんなことは一切関係ない。「厭がっていること」を自分の勝手な理由や都合だけで,相手の迷惑を顧みず,執拗に続けること,その結果の惨劇である。だから「やめておけばよかった」のだ。

続けて山本氏は書いている。

そのほか,多くの同僚が疵を負っている。
情けないのは,それまでは口々に雑言を投げ掛けていたくせに,誰一人として外記と渡り合った者がいないことである。これらの者は,卑怯者として,改易や閉門などの処罰を受けている。
同僚たちの外記に対する態度をみると,武士にはそれぞれ自尊の念が強いだけに,自分より優れた者や幸運を掴んだ者に強い嫉妬を持ちやすかったようである。

私ならどうするだろうか。時代や立場に関係なく,いつの日にか必ず報復するだろう。そう決断した以上,必ず報復する。法的に許されぬことであろうが,人間として許されぬことであろうが,私にはそれ以上に決して許せないことだから決断したのである。それは,いかなる時代であろうと社会であろうと関係ない。
ある程度ならば我慢もしようし,何を言われようと聞き流して相手にしないだろうが,やはり人間には限度と限界がある。憤怒もある。武士でなくとも自尊の念もある。恨みに思うことが自分にとって無意味であるとわかっていても,周囲や友人に宥められても,積み重なって心底に残ることがある。それほどに憤怒と憎悪は大きいのだ。

松平外記の心情は察して余りある。武士の対面や家名の保持など,ひたすらに我慢し耐えたことだろう。理不尽さに憤りを覚えながらも,事実無根の噂を流されようと陰口を吹聴されようと,イヤミと皮肉でからかわれ嘲られようと,ひたすらに忍んだであろう。
彼の刃傷を今風に「キレた」と簡単に表するのは安易であろう。

「イジメ」に関わった両者から話を聞くと,必ず両者の「言動の重さ」に相違を感じる。受けとめ方と言ってしまえばそれまでだが,なかなか相互の溝は深い。ただ実感することは,やはり「やめておけばよかったのだ」である。

『忠臣蔵』は史実と随分とちがって脚色されているが,この刃傷事件と重なって想像してしまうのは,やはり事の発端である。また,この種の復讐や報復が小説や映画になって人々の共感を得るのも,理不尽な社会への怒りよりも些細なことであっても相手にとっては心を深く傷つけられているからだろう。


さて,あらためて自分はどうするだろうか。

やはり,いくらバカげたことであろうと,きっと何年経っても何らかの手段を用いて必ず報復するだろう。
冷静な判断をすれば,間尺に合わないことなど歴然であるが,それでもなお許し難いことはある。人間の怒りはそれほどに強いものだ。「やめておけばよかった」のに,その忠告さえ無視して続けるから,報復や仕返し,さらには互いにとって避けられた惨劇がおこるのだ。人の心に蓄積される「憎悪」とはそのようなものだ。

かつて暴力事件を起こした生徒がいた。彼は中学3年生であった。その彼が「ぼくは彼に小学校2年生の時,悪口を言われたり,からかわれたりした。そのことがどうしても許せなかった」と理由を話した。7〜8年前の出来事である。身体も小さく力も弱かった彼は,時を待っていたのかもしれない。彼の心情を一概に否定したり咎めたりはできない。憤怒を解放するすべが他にあれば,とは簡単に言えない。

私もまた,時が来るまでは沈黙の中で待つだろう。中途半端なことで怒りは収まらぬだろうから。恨みや憎しみは,宗教などで癒されるものではない。自分の価値観で人を判断するものではない。いかなる理由があろうと法律がどうであろうと,いかなる迷惑を周囲にかけるかなど,そんなことはわかっているが,それでも許し難い相手には命がけで復讐する。私はそう思うし,私はそうする。

そこまで人を復讐鬼へと追い立てるのは,実は「イジメ」の構図と同じく,単純な「やめておけばよかった」ことを執拗に繰り返すことが要因である。
相手の怒りがわかるのであれば,それ以上はやめておくことだ。関わらぬことだ。些細なことの積み重ねが,相手の心に憎悪を蓄積させるのだ。人の心に憎悪と憤怒を抱かせたことを後悔する前に,関わらぬことだ。それが唯一の解決策だ。なぜなら,相手がそれを望んでいるのだから。しかし,それにもかかわらず,執拗に陰湿につきまとい,挑発的な誹謗中傷を繰り返し続ける相手には,いつの日にか必ず報復をする。
「やめておけばよい」ことをやめない人間に対しては,私にも覚悟がある。


孔子の『論語』に,次のような一節がある。

子貢問うて曰く
一言にして以て
終身これを行うべき者ありや
子曰く 其れ恕か
己れの欲せざる所
人に施すこと勿れ

弟子が孔子先生に尋ねました。
「一生の内で,忘れずに実行して欲しいことが何かありますか」と。
孔子先生は答えました。
「それは恕(思いやりの心)です。」
「自分がして欲しくないこと(言われたくないこと)は,他の人にしないことです。」

同じ教えは,「黄金律」として多くの宗教,道徳や哲学で見出される「他人にしてもらいたいと思うような行為をせよ」という内容の倫理学的言明である。

イエス・キリスト:「人にしてもらいたいと思うことは何でも,あなたがたも人にしなさい」(『マタイによる福音書』)

ユダヤ教「あなたにとって好ましくないことをあなたの隣人に対してするな。」(ラビ・ヒルレルの言葉)

ヒンドゥー教「人が他人からしてもらいたくないと思ういかなることも他人にしてはいけない」(『マハーバーラタ』)

イスラム教「自分が人から危害を受けたくなければ,誰にも危害を加えないことである。」(ムハンマドの遺言)

これほどに多くの宗教の戒律に説かれるということは,それほどに守られにくいということかもしれない。宗教家が自身の信仰する宗教の「黄金律」を説教しながら,自らの言動を省みないことも多々ある。恥ずかしいことだ。

自分の言動が他者の心に不快感や屈辱感,怒りや憎しみを感じさせるならば,それは言うべきでない。語るべきでもない。自分がしてもらいたくないことは人にすべきではない。そして何よりも,その判断基準は自分ではなく相手なのだ。

私ならどうするか。時を待つだろう。外記のように直情的に報復はしないが,必ず,何年経とうとも時を待ち,絶対に二度と立ち上がれぬように叩きつぶす。人間を軽んじないことだ。甘く考えないことだ。憎悪は沈黙の中で蓄積されていくのだ。


随分と過激な文章を書いたものだと思うが,「明六一揆」を調べながら思うことは,昔も今も人間の心理など大して変わるものではないということだ。

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2012年01月21日

「中津井騒擾・美作騒擾」パネル展

今月25日(水)〜30日(月)まで,天満屋岡山店地下タウンにて「中津井騒擾・美作騒擾」パネル展が開催される。

私のライフワークである「解放令反対一揆」研究,その核心である「明六一揆」のパネル展である。
現在,今まで少しずつ考察してきた研究を整理しながら,弊ブログにてその一端を論考として公開しているところなので,今回のパネル展も楽しみにしている。

この忘れられた郷土の史実を,少しでも多くの人に知ってもらいたいと願っている。この史実から学ぶべきことは多岐にわたって多く,貴重である。
郷土の歴史においては「負の遺産」である一方,決して目を伏せてはならない「教訓の遺産」である。


今から26年前の1985年5月8日,リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領は,敗戦40周年にあたるこの日,ドイツ連邦議会で演説を行った。

罪の有無,老幼いずれを問わず,われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。だれもが過去からの帰結に関わり合っており,過去に対する責任を負わされております。
心に刻みつづけることがなぜかくも重要なのかを理解するために,老幼たがいに助け合わねばなりません。また助け合えるのであります。
問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり,起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は,またそうした危険に陥りやすいのです。

『荒れ野の40年』より

【過去に目を閉ざす者は,結局のところ現在にも盲目となります】(Wer aber vor der Vergangenheit die Augen verschliest, wird blind fur die Gegenwart)

歴史を学ぼうとする者は,この言葉を決して忘れてはならない。


明六一揆の関係資料を収集する中で,あらためて痛感したのは,郷土の歴史について知らないこと,曖昧な知識の多いことだった。調べれば調べるほど,史実は複雑に相互に関係し合っていることがわかってくる。一つの史実の背景には,多くの史実が歳月を越えて間接的に影響している。

三省堂の『日本民衆の歴史 地域編』シリーズが企画・刊行されたのは,1984年である。約30年前の企画であるが,その趣旨には今も深く共感する。

歴史がはじまって以来,今日まで,歴史を支えてきたのは,その名も明らかでない,多くのわたしたちの祖先たち,“民衆”である。政治や経済・社会のしくみがどのような道筋をたどって進んでこようとも,民衆の労働と生活とは,たゆみなくつづけられ,真実の意味での歴史をすすめてきた。
そのような民衆の労働と生活は,“地域”を拠りどころとして営まれてきた。…
“地域”とはなんだろうか。それはたんなる場所ではなく,その地方に住み,働く人びとの,共通した風土と歴史性とによって培われた,共通した個性をもつ人間像や人間関係のまとまり,あるいは,共通した文化的・社会的個性をもつ人びとのまとまり―ともいうことができよう。そのまとまりや個性は,その地方の民衆が歴史的に創り出してきたものであり,また創り出しつつあるものである。人びとが,自らの解放のために,母胎とし,また変えていかなければならない社会関係が地域である。

それぞれの地域が担っている課題を明らかにすることは,その課題を解決する方途を明らかにすることでもある。その課題そのものがもっている歴史性と,その課題と立ち向かっている人びとの歴史的力量とを,科学的に解明することが,どうしても必要となる。

このシリーズの第1巻として刊行されたのが,ひろたまさき・坂本忠次編『神と大地のはざまで−岡山の人びと』である。近世から近代にかけての岡山の民衆運動を,近世の不受不施派信徒の抵抗・美作の百姓一揆・幕末維新期の民衆闘争・美作民権の軌跡・明治から大正期の農民運動・昭和恐慌下の小作争議をそれぞれのテーマとしながら,通史的に概観している。

「不受不施派」については浅学でしかなく,興味はあっても部落史とは直接的な関わりは少ないと思い,後回しにしてきたが,本書を読み,その考えの誤りに気づいた。
不受不施派と非人との深い関わり,それは「両山非人内信事件」によって明らかであった。岡山の非人を研究するとき,不受不施派の動向も研究する必要を強く感じた。
また,県北の「非人騒動」も同様である。なぜ,百姓は一揆に際して「非人拵」(非人の身なり=非人姿)になったのか。このときの百姓の意識はどのようなものであったのか。さらに,「文政非人騒動」(1825年)の約50年後,同じ美作で「明六一揆」が起こり,部落が襲撃されている。

歴史の流れは,史実を単体として研究するだけでは見えてこない。さまざまな連環によって総体的にとらえなければならない。

そして,民衆運動史を解明する重要な視点は“日常生活”である。

…民衆はつねに運動しつづけているものではなく,なによりも日常において生産に従事し生活をいとなむ存在なのである。その日常生活基盤に民衆運動はまきおこり,そして終われば日常の生産へと立ちもどる。

民衆宗教を重要な素材としたのは,そこに民衆の日常生活における意識を探ることができるのではないかという問題意識からであり,また百姓一揆や近代の農民の小作争議の究明のなかからも日常生活の具体的ありようを探ろうとした。

一揆や騒擾を,その過激さや運動という面から考察するのではなく,百姓や農民の日常生活との関係から考察する必要がある。
美作騒擾,明六一揆にしても,鎮圧後のきびしい追究により15名の処刑,懲役・杖罪・罰金など公式に処罰された者が一揆参加者約3万人のうち2万7千人にも及ぶにもかかわらず,彼らは“日常生活”にもどっている。
あれほどの惨劇があった加茂谷も,生き残った津川原村も,彼らを襲った周辺の村々も日常の日々へと帰って行った。

この視点が騒擾の背景と,今に伝える教訓を明らかにしてくれると思っている。

posted by 藤田孝志 at 05:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 断章と雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月08日

埋もれた資料と研究

昨日,県立図書館の郷土資料部門で,部落史関係の資料を収集していた。

全解連系の岡山部落問題研究所が発刊している研究誌『部落問題 調査と研究』と同盟系の岡山部落解放研究所が発刊している研究紀要と所報がある。
今回,それらのバックナンバーをじっくりと調べて,必要資料のコピーを行った。

創刊号から調べながら驚いたことは,70年代〜80年代にかけて,史料の発掘と研究が精力的に行われていた事実と,それらに取り組んだ今は亡き諸先達の残した研究成果の貴重さである。感銘と感謝の気持ちでいっぱいである。

たとえ専門書であっても書籍になれば,史料も研究成果も「形」として残ることも世に知られることも,可能性としてはある。しかし,大学や研究機関が刊行する研究誌や研究紀要が一般の書店に並ぶことはほとんどない。まして所報などが関係者以外の目に触れることは皆無であろう。
それらの多くは,長い歳月の中で,やがて書庫の中で眠りについてしまう。まるでエジプトのピラミッドのように,誰かが発掘しない限り,どれほど貴重な資料や研究成果であっても埋もれたままとなってしまう。

著書の一冊も書き残さなくても,わずか数ページの記事であっても,重要な研究であり貴重な史料紹介である。

記事を書かれた研究者の多くは,今は亡くなっておられるかもしれない。
事実,かつて研究会で顔を合わせたり,貴重な教示をもらったりした先輩たちがここ数年の間に随分と亡くなっておられる。
彼らの名前をバックナンバーの中で見かけると,懐かしさと悔しさが思い出される。もっといっぱい,いろいろなことを教えてもらっておけばよかったと。いつでも会えると思う軽率さが,取り戻せぬ後悔を生んでしまった。

彼らの残してくれた「遺産」を引き継いでいくことが使命と,あらためて感じている。そして,我々の微々たる研究もまた次世代のための「遺産」となることを願っている。

私は名声とか地位とかを求めるものではない。他者を気にすることもない。


今回,解放令反対一揆,明六一揆について資料を確認する作業において,また参考先や引用元を資料から資料へと辿っていく中で,知らない資料や研究論文に出会い,それらを探して図書館に来たのだが,こうしてバックナンバーを丁寧に読んでいると,素晴らしい研究や資料,史実に出合う。

今まで可能な限り,江戸時代以降の備前藩・津山藩,岡山県に関する史料,特に部落史関連の書籍や古文書,研究紀要や論文を入手してきた。しかし,岡山にはまだ私の知らなかった未知なる史実や史料が多くあることを知った。当然ではあるのだが…。

今回,両団体の主義・主張のちがい,思想対立による歴史解釈の相違も強く感じる結果となったが,研究の進展という面から残念さと寂しさを感じる。史料や史実の分析や解釈に「思想的立場」が優先することは理解できるが,研究には多角的・多面的な視点が不可欠である。自由な研究上の論議がなされない思想対立を残念に思う。

貴重な史料や史実,重要な論考が野に埋もれてしまう,その原因が思想的政治的対立だけでなく感情的対立に起因することを,私は無念に思う。

目的が同じであっても,その手段が異なることで共同できないのは,実に口惜しく感じる。
「目的のために手段を正当化してはならない」は私に持論である。だからこそ,手段の相違を目的よりも優先してはならないと考える。

何よりも残念なことは,法が切れ,部落史の見直しのブームが去った今,これら貴重な資料が埋もれていくことであり,歴史研究において置き去りにされていく状況である。


科学技術の発達,情報システムの進歩の恩恵も大きい。
簡単に検索でき,必要な資料を手軽にコピーでき,スキャナでPCにデータとして保存できる。文具も多機能になり,ファイリングも随分と楽になった。

百数十ページにも及びコピーを前に,時代を感じる。20数年の歳月が積み上げた研究成果(論文や史料など)を瞬時に見ることができる。このことを素直に喜びたい。

今年は,長年の夢であった「明六一揆」研究に取り組みたいと考えている。まだまだノートに整理しながら考察している段階だが,積み上げてまとめたいと思っている。

posted by 藤田孝志 at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 断章と雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

死者の声を聞け

『タイタンズを忘れない』という実話に基づいた映画がある。

アメリカで1950年代に始まった黒人公民権運動は,'60年代に運動としてのピークを迎え,社会の中にめざましい変化と成果を生みだしていく。続く'70年代は,獲得した権利が社会の中に定着していく時代だ。だが,いくら制度としての差別がなくなったとしても,人々の意識が制度に合わせてすぐに変化するわけではない。

1971年,ヴァージニア州アレクサンドリア。アメリカ国内では公民権運動が盛り上がり,この保守的な小さな町にも変化の波が押し寄せてきた。それまで人種ごとに分離していた白人学校と黒人学校が統合され,T・C・ウィリアムズ高校が開校することになった。フットボールチームも統合され「タイタンズ」が結成される。

統合に反対する住民達のデモが起こる中,ヘッド・コーチとしてやってきたのが,数々の栄光に輝く黒人コーチ,ハーマン・ブーンだった。これまでヘッド・コーチを勤めていたビル・ヨーストは長年の実績を持つ優秀なコーチだったが,教育委員会は「人種平等」を周囲にアピールするためにあえて黒人のブーンをコーチに任命したのだった。この措置に白人の選手や保護者たちは大反発し,コーチと一緒にチームを辞めると言い始める。ヨーストは選手たちを引き続き監督するため,ブーンのアシスタントとしてチームに残ることにする。

ゲティスバーグ大学で合宿が行われることになり,生徒達はバスで出発する。チームを一つにするため,ブーンは白人と黒人を同じバスに乗せ,宿舎でも同室を命じる。また互いを知るために自分のことを相手に伝えることも命じる。だが偏見はなかなか消えず,事あるたびに激しい対立が起きる。しかしブーンは「怒りを抑えそのエネルギーを勝負にぶつけろ」と訴え,軍隊のように厳しいトレーニングを強いる。

ある朝,ブーンは生徒達を叩き起こし,ゲディースバーグの決戦場までランニングさせる。そこは南北戦争で多くの若者の命が失われた歴史的な場所だった。そこで,ブーンは自分の思いを若者達に語り始める。

ゲディスバーグの戦場だ。53万人の兵士がまさにここで命を落とした。
なのに,おれたちはまだあいかわらず同じ戦いを続けている。今もだ。
この緑の野原が赤く染まった。若者の血で真っ赤になった。硝煙と弾丸が体に降り注いだ。
魂の声がする。心の悪意が兄弟を殺した。憎しみが家族をズタズタにした。

耳を澄ましてみろ!そして,死者から学べ!
この神聖な場所で1つになれないなら,おれたちもズタズタになる。彼らのようにな!

お互いを好きにならなくてもいい。
だが,相手を認めろ!そうすれば,もしかしたら,いつの日にか人として向き合えるだろう。

【死者から学べ!】という言葉は,単に「史実に学べ」という意味ではない。史実に隠された真実の声,後悔の声,無念の声に耳を傾けて,二度と同じ過ちを犯さないようにするために,何がまちがいなのかを,どうすれば回避できるのかを学べという意味だ。


解放令反対一揆に参加した農民たち,津川原での惨劇で死傷した人々,殺した者も殺された者も,今は静かに土に眠っている。
しかしまだ部落差別は残存している。

このブーンの言葉は,部落問題にも人権問題にも言えるのことではないだろうか。


昨日と今日,BSで「池上彰の現代史講義」を見ていた。

「歴史とは歴史家と事実との相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の対話である」(E・H・カー)

池上氏のわかりやすい解説で,戦後の現代史がよく理解できたが,あらためてカーの言葉を考えさせられた。
歴史を学ぶとは,単に史実を解釈するだけでなく,史実の背景を分析・考察することで未来への指標を確認することである。

自らの正当性のみを主張し,他を全面否定するために揶揄・愚弄・誹謗中傷を執拗に繰り返すことに終始する独断・偏見が硬直化した人間もいるようだが,私には無関係でしかない。他をイヤミと皮肉で非難しなければ,自己を主張できない研究など,質とレベル以前の問題である。


死者の声にこそ,我々は真摯に耳を傾けなければならない。2012年,新年を迎えて思うことである。

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2011年12月03日

被害妄想

解放令反対一揆の要因に農民の「被害者意識」がある。これに関しては,別のブログで詳しく考察したいと思い,準備をしている。


被害者意識と被害妄想のちがいは,前提となる「事実」が存在するかどうかである。

その「事実」が何らかの「被害」を生じさせていると意識する場合,客観的には「被害」を生じさせていなくても,当事者が「被害」と受けとめるならば,被害者意識といってもよいだろう。
しかし,その場合でも「事実」を当事者がどのように解釈して受けとめるかによって大きく異なる。まして,「事実」そのものがなく,当事者の自分勝手な思い込みや虚偽・捏造の類であれば,それは「被害妄想」でしかない。

ありもしないことを,されてもいないことを,あったかのように,されたかのように思い込んでしまう「被害妄想」ほど,人騒がせで,迷惑なことはない。

心的外傷後ストレス障害やうつ病、統合失調症などの精神病患者たちに多く見られる症状の一つで、他人への根強い猜疑心等が生まれる。覚醒剤など薬物の使用によって現れることもある。

重大な精神疾患に限らず、ごく日常生活でありがちな軽度の勘違いや猜疑心なども「被害妄想」としてみなすことがあり、精神的に比較的不安定な思春期では珍しくないともいえる。それらは精神医療の対象とはならず、周囲の人間関係や本人の考え方の問題とされる。また、個人間における感情や心理の行き違いなど、本当に被害を受けているのか単なる被害妄想なのか判別することが難しいケースも日常生活上では少なからず存在する。

また,実際に何かの被害を受けた人間が,決定的な証拠が無いにも関わらず「あいつの仕業だ」と思い込み,見当違いの怨恨が生まれることもある。そして,今度は何の実害も被っていないのに,「あいつが裏で自分を攻撃し(ようと)ている」等といった被害妄想を膨らませていくケースもある。現実には不可能であるにも拘らず,「思考盗聴されている」「電磁波で攻撃されている」,どのように自分の存在が重要かも説明出来ず「集団ストーカーの被害に遭っている」と主張し出す例もある。ただし,これらのケースは,事実被害にあっていないことが証明できないうちは被害妄想と決め付けることもできないために,被害妄想という言葉そのものが中傷行為ととられることもある。

「被害妄想」『Wikipedia』より


周囲には「被害妄想」としか思えないことであっても,本人は本気で「被害を受けた」「攻撃されている」と思い込んでいる。「被害」の事実を証明する客観的な「証拠」も,具体的な「事象」も存在しないにもかかわらず,「被害」を主張し,さらにはあれもこれもとこじつけて「妄想」を増幅させていく。

支離滅裂であろうと論理が破綻していようと,その判断もできず,ひたすら「被害を受けた」ことのみを書き続ける。具体的事象は一切書かず,抽象的で同じフレーズのみを多用する。事実でないのだから具体的「事実」や「証拠」など書けないのは当然であるが,「事実」と「妄想」の区別がつかなくなっている人間にはわからないのだろう。


「被害」を狡猾に利用する人間もいる。

「オオカミ少年」の寓話のように,人々を惑わす目的で「虚偽」を「事実」であるかのように装う場合もある。つまり,「被害」を装うことで,特定の相手を攻撃する「口実」(大義名分)を手に入れようとする。自分の言動を正当化する手段として「被害」を悪用するのだ。

相手からの「攻撃」(具体的な内容やその証拠)については抽象的な表現に終始し,自分が受けた「被害」(なぜ「攻撃」されたか,どのような被害を受けたか…ほとんど独断的な思い込み・妄想であるが)のみを過剰に書き続ける。

【嘘も言い続ければ,真実になる】と思っているのか,風説に惑わされやすい人間心理を小賢しく利用しようとしている。老獪な手法である。


確かにさまざま考えの人間,いろんなタイプの人間がいる。
人を批判することで自分の意見を主張していくのも手法だろう。嫌味と皮肉で人を扱き下ろし,口汚く罵り,小馬鹿にする。人を「下げる」ことで,相対的に自分を「持ち上げる」ことを意図的に行う。常に「自分が一番であること,自分が正しいこと」を主張するために,相対する他者を見つけては批判する。

そんなタイプの人間には誰も寄りつかないだろうし,相手にもしないだろう。なぜなら建設的な「論議」など到底望むこともできないからだ。弁証法的な相互批判や議論であれば,相互にメリットもあるだろうし,たとえ過激な批判の応酬であっても,人間的な交流の先に尊敬も生まれるだろう。

しかし,単に自己正当化のために他者を踏み台にしたり,捨て石にしたりするような対応には,得るべきものはなく,嫌悪感と不快感しか残らない。
そんな人間に対しては遠ざかるか無視するだけだ。極端に言えば,排除・疎外することで,無意味な関わりと無駄な時間を持たなくてもよいようにするだろう。

少なくとも,私はそうする。たとえ,いかなる非難を受けようとも,関わりたいとは思わない。


バートランド・ラッセルは『幸福論』(岩波文庫)の中で「被害妄想」について,次のように書いている。

極端な形では、被害妄想は狂気の一種とされている。

それは精神病医の扱うべき問題だ。私が考察したいのは、より穏やかな形である。というのも、穏やかな形の被害妄想は、不幸の原因になることが多いからである。

被害妄想の傾向のある人は、哀れな身の上話を相手が信じたとなれば、尾ひれをつけて話すので、ついには眉つばものになる。反対に、自分の話が信じてもらえないとなれば、これまた人類が特に彼に対して不人情である一例になるだけの話だ。

被害妄想に陥る理由は,次のような考えの傾向が強い人間ではないだろうか。

自分は「被害者・犠牲者」であると主張することで,自分が被害を受けるのは自分が悪いのではなく人が悪いからだと責任転嫁あるいは自己正当化するためである。
また,「人に自分の話を聞いてほしい」「自分に関心をもってほしい」「同情してほしい」「人から注目されたい」という自己顕示欲が強いためである。

「被害妄想」は,過度の「narcissism」の裏返しでしかない。

自己を過大評価するあまり,他者が自分が思っている(期待している)ほどには関心を示さない場合,あるいは他者に批判された場合,その他者に対して過剰な反応をする。これが「被害妄想」である。

不確かなことであっても,確信的に思い込み,自分の中で過大視し,妄想を膨らませて現実と想像を混同してしまう。

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2011年11月13日

人間関係の煩わしさ

いかなる立場・集団・関係であろうと,人間関係ほど難しいものはない,とあらためて痛感している。

人間関係の基盤は「信頼」であるが,構築・維持するためのツールである「言動」と「その解釈」により強固になるか破綻するか,その微妙な綱渡りを日々繰り返しながら人間は自分が属するいくつかの社会集団の中で人間関係を結んで生きている。

「言葉の行き違い」や「行動の行き違い」による相互の「錯誤」が,今まで積み上げてきた「信用」や「信頼」を瞬時に壊してしまうことがある。

今まで自分が思っていた(思い込んでいた)相手の自分に対する「認識」「評価」「関係性」が,実はまったくの「錯誤」であったことに気づく瞬間がある。
相手は自分のことをこのようにしか思っていなかったのか,と。自らが思っている「自己像」と,相手が思っている「(私に対する)像」とのあまりの相違に愕然とする。同様のことが相手にもあるはずだが,そこに「親密」「信頼」の感情が介在している場合は,その落胆の度合いも多く,あらためて自分にとっての「他者」という存在を考え込んでしまう。

人間関係の脆さは信頼感の温度差である。


人間関係の脆さ,信頼感の温度差を実感したとき,人間は他者との関係に深い失望を抱く。

自分が相手にしてきた「よきこと」が脳裏を駆け巡り,「これほどのことをしてきたのに…」と,相手の冷淡さを思う。だが,「あしきこと」については考えない。自らの言動を顧みない。その結果,最悪の場合(いや,多くの場合)「逆恨み」の感情だけが残る。相手への信頼度と相手にしてきた「よきこと」(勝手に思っているだけだが)の思い込みが大きければ尚更に裏切られた思いから憎しみが激しくなる。

一方で,失望から自信喪失,自己嫌悪へと陥ることもある。過大な自己評価と他者からの評価の格差に起因するのだが,落胆は大きい。
自らの言動が招いた結果であるにもかかわらず,要因と経緯の分析と反省,自己改善へとポジティブに意識を変えればよいのだが,なかなか難しい。

最悪の場合,自己破壊へと向かう。自らの存在意義を失い,生きることにさえ絶望する方向へと思考が加速してしまう。冷静さを失って,客観的な自己分析ができない。

「思い込み」の弊害である。

人は自分が思っているほどには「評価」などしない。自らの「自信」を他者の評価にゆだねるべきではない。

人間関係は,結局は「利害」に左右される。自己保身と相乗的に利害の中で他者との関係を見極めているのだ。いかなる社会集団,例えば職場の対人関係などは最たるものだが,利用価値と自己保身が基準である。このことを秘して人間関係を気づこうとする。
だが,それが何らかのトラブルによって表面化し露呈するときがある。

そのとき気づくのだ。人間関係の脆さと人間は孤独であることに。


人間は理性の動物ではあるが,本質的には感性・感情の動物であると思う。それゆえに人間関係の構築・維持には多分に感情的な動向が影響する。また,人間関係における他者に対する判断も多分に感情に左右される。

極論を言えば,感情的に合うか合わないか,好きか嫌いかが大きなウエイトを占める。利害と感情が人間関係を左右すると言ってもいいかもしれない。

この横軸に加味されるのが縦軸としての力関係である。会社や職場の職階,年齢,社会的地位などの力関係である。

人間関係を円滑にするのがコミュニケーション能力であるが,力関係に際しては処世術ともいわれる独特の関係処理ツールが必要である。

この「処世術」が苦手な人間は現実において多くの場合,損をするといわれる。
損とは何か。相手の感情的な対応による不利益であったり理不尽な扱いであったりである。特に力関係において不利な立場であれば尚更である。

このように考えるとき,人間関係の煩わしさに辟易する。

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2011年11月12日

差別の根源 … 人間の多様な心理

上杉聰氏の『部落を襲った一揆』が新装版として再刊された。旧版以来の新事実や考察を追記しての新装版である。

私は旧版の元原稿が『解放新聞』に連載されて以来,上杉氏の論考に多くのことを教示されてきた。旧版は幾度読み直したかわからない。何か調べているときに関係箇所を開くのだが,読み始めるとつい他の部分やその先まで読み耽ってしまったことも何度となくある。

本書の中心である明治六年に岡山県北部で起こった解放令反対一揆,美作騒擾で襲撃された部落を校区に含む中学校に赴任し,この史実を聞いたときから,解放令反対一揆は私のライフワークの一つとなり,私の部落史研究の原点となった。

なぜ私が「解放令反対一揆」にこだわり続けるのか。

それは,この史実が凄惨な惨劇であったこと,私が習った大学までの歴史の授業にもおいて語られることも教えている教科書において記述されることもない歴史の中に覆い隠されてきた史実であること,それ以上にこれほどの残虐な行為を民衆ができるのか,その心理が知りたかった。

民衆,いや人間が集団化して負のベクトルへと向かうときの暴力的なパワーの要因と経緯,動向を明らかにすることで人間心理の深淵に踏み込めるのではないかと考えている。


本書の「おわりに」で,上杉氏は「なぜこんな事件が起こったのか」への回答を提出している。

上杉氏は「岡山・美作の明治六年騒擾と同じ場所で七年前に起こった改正一揆」に「多数の部落民が動員され」たときに,農民たちと「うち交わり」一緒に食事をしたことをヒントに,次のように考察する。

…両者は一見して大きな矛盾にしか見えない。だが,もし農民が多様な実態をもち,部落差別にたいしても様々な立場から構成されているとしたら,その矛盾は消える。民衆が一枚岩でないとしたら,差別を嫌う者もいれば,大好きな者もいよう。ただ,どちらも少数派であろう。圧倒的多数は両者の間を左右に揺れ動いている中間派である。もし差別を嫌う派が中間派を味方に取り入れれば,改正一揆のような形が実現する。

…しかしその七年後,差別的な意識をもつ農民が主導権をもったとしたら,どうだろうか。中間派はそのとき,部落側の平民をめざす行動に圧倒され,自分たちの利益と結びつくところを発見できないまま受け身となり,被害者意識さえ高じさせていたとしたら,「奴らは“傲慢”になった。わしらの村のなかを生意気に風を切って歩いとる。懲らしめる必要はないか」という問いかけに,多くが動揺したのではないだろうか。

上杉氏は「民衆は多面的で複雑な立場から構成されている」という論理を「歴史の場へ持ち込む」ことで「残虐な行為がなされた」心理的背景が説明できるという。また,この上杉氏の論法は,マーケティング理論や組織論でよく使われる人間集団の特性を示す「2・6・2の法則」の応用である。

確かに従来の歴史学は「制度」「できごと(事件・動向)」の解明に重点をおき,制度を作り上げ,できごとを起こした人間や社会の心理を分析・考察することは少なかったように思う。また,民衆心理を画一的・集約的にとらえてきたように思う。

「百姓は貧しい」という貧困史観など,その最たるものだろう。教科書の断定的な記述により,どれほど歴史が狭められて,一面的に理解させられてきたことだろう。(社会科教師として責任を痛感している)


民衆,人間の心理が多様であることは当然である。いつの時代,いかなる時代であっても,いかなる集団であっても,根本的に人間はまったく同じ心理ではないと思っている。
たとえば,宗教教義,政治理念,主義主張,規律など,それらを核として形成(組織)された集団や社会であっても,個々の人間の心理や考えが同一(統一)ではないと考える。ある部分においては(大部分であっても)共通認識がはかれたり同じ思いであったりはするだろうが,まったく同じであることは断じてない。また,その時々の状況下における判断や行動の背景にある心理は異なっている。
ただし,群集として動く場合に働く集団心理もあるが,それでも各人の心理がまったく同じではない。人間は各人の心理や思考によって生きて行動している。


本書の中でも述べられているが,一揆勢を部落に案内した「部落の竹藪越しに百メートルもない」隣村の百姓もいれば,「近村へ逃げていった」部落の妊婦を「屋根裏の藁のなかにかくまった」「懇意にしていた農民」もいるように,部落を襲撃した百姓の心理・意識は決して一様ではない。

この美作の解放令反対一揆だけでなく他県の騒擾においても,一揆に参加しなければ家や村を焼き払うと脅され,仕方なく参加した百姓も多い。逆に,小林久米蔵のように自らのプライドを傷つけられ憎悪を強く抱いた者や部落民の言動を増長と感じて苦々しく思っている者も多くいただろう。

百姓にも様々な考えや性格,人間性の者がいるように,部落民にも様々な者がいる。これは江戸時代であろうと明治・大正であろうと,現代であろうと同じだ。

「番人」や「目明かし」として村や町の治安維持に勤めた「穢多」の中にも,様々な者がいたように,命がけで尽くす「穢多」に感謝した百姓もいれば蔑んでいた百姓もいただろう。賤視されることで卑屈になった穢多や非人もいれば,自らの立場に誇りを持って差別を撥ね除けようと生きた者もいただろう。

百姓を画一的に捉えてはいけないように,穢多・非人などの被差別民も統一的・画一的に捉えるべきではない。多様な存在形態があった中にあって,さらに様々な考えや人間性をもった百姓の姿,穢多・非人の姿があったはずだ。
それを画一化して独断的に決めつけて論じること自体が間違っている。

このことは,現代においても同じである。

部落問題に関わらず,人間としての生き方・在り方の問題である。他者に対して同じ人間としての尊厳を認めず,揶揄・愚弄する人間(の心理)こそが「差別を残存させる根源」である。
自らの言動を顧みることなく,自らを「絶対視」する独善・傲慢こそが差別の温床である。

これは昔も今も変わらない。

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2011年10月14日

日記

書物の数だけ思想があり,思想の数だけ人が居るという,在るがままの世間の姿だけを信ずれば足りるのだ。何故人間は,実生活で,論証の確かさだけで人を説得する不可能を承知し乍ら,書物の世界に這入ると,論証こそ凡てだという無邪気な迷信家となるのだろう。

小林秀雄「読書について」

小説や評論であるならば,作品は一人歩きするため,様々な解釈と分析・考察も可能である。作者の意図とは異なる論評もあるだろう。
だが,作者は人間である。現実社会に生きている人間である。作品から作者の人間性や人格など断定できるはずもない。

著書や論文から作者の思想や認識,価値観などを読解したり考察したりすることはできるだろう。
だが,著者の人間性や人格まで論究することはできない。それは批評家あるいは研究者として,あまりに傲慢であり不遜である。

たとえ著者が語りかけた講演録であっても,そこから如何に想像力を働かせて推察しようとも彼の人格や人間性までわかるものではない。にもかかわらず論じようとすれば,それは的外れな分析と無理な曲解による歪曲した考察に終始することになる。独断専行によるお粗末な結果となるだけだ。

しかし,世の中には片言隻句で他者の人格まで自分勝手な判断で決めつけて論じる人間もいる。自らの愚かさに気づかないのだろう。


「日記」から作者の人格や人間性について論評する人間がいるが,それさえも作者の側面でしかない。日記や手記は作者の内面の吐露ではあるが,その時の心情や感情,思念を書き綴っているにすぎない。そのような断片を寄せ集めても全体像が明確になるわけではない。

私は根本的に他者の「日記」には興味がない。ある意図や目的,よほどの興味がある以外には読むことはない。
他者の日記,それも没後に公開された日記を読むなど,どこか悪趣味的な感じがする。作品誕生の背景を考察する材料であったり,作者の言動の心理的背景を考察するためであったりする場合の他には,日記を通して知りたいと思うことはない。

公開を前提として書かれている「日記」(ブログなど)の多くは,作為的・意図的な記述でしかない。それは日記の体裁で書かれる「自己主張」「意見陳述」「提言」である。

だから,私はその類の「日記」が好きではないのだ。

手元に『神谷美恵子日記』(角川文庫)がある。ハンセン病に関連して買ったものだが,彼女の几帳面さ以外に読み取れるものはなかった。
他人の日常を記した日記などその程度のものだと私は思っている。なぜなら,公開を前提として書いていないからだ。ひとり自分のために書いているのだ。

私は日記や手記の類は公開すべきではないと思っている。確かに,作家や政治家などその個人を研究するため,あるいは政治的社会的影響が大きい決断事項の背景を解明するためという必要性の高い場合は,衆目に公開することもあるだろう。

だが,内容が個人的であり,非常に主観的な内容であるならば,他者のプライバシーに配慮する意味でも公開すべきではない。

本として出版する場合は,編集者の手によって厳密な校正と客観的な判断が下されているだろうが,Blogなどではその個人の主観的判断のみである。現状では,その個人の倫理観のみが基準である。
個人的な趣味や日常を「記録」として書き綴り,それを「公開」するのであれば害もないのだが,他者に対する誹謗中傷や揶揄・愚弄,独善的な解釈と非難,また他者の個人情報の暴露などは決して許されることではない。

他者の人権に配慮したルールやマナーは当然と思うが,現状でのネット社会は無秩序である。名誉毀損や人権侵害にあたることであっても規制したり監督する機関,プロバイダーのチェック機能が弱いため,垂れ流し状態である。それをいいことに,好き放題を書いている人間がいる。

私は,このことを最も危惧するのだ。

posted by 藤田孝志 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 断章と雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月06日

亀毛兎角

ネット社会の最大の問題点は「真偽の不確認性」にある。

ネット社会の利便性の一つは,誰もが何の校閲を受けずとも自由に文章を公開できることだが,それは「諸刃の剣」でもある。なぜなら,ネット上に公開された情報の真偽を確認できないことが多いからである。万人が知りうることができ,その真偽を確認することが可能な情報であれば,例え正反対の立場からの発言であっても,さまざまな解釈の一つと理解もされるだろう。しかし,狭小な情報や個別的・個人的な情報であれば,その内容を確認することは不可能である。

その不確認性を「悪用」して,デマや虚偽を発信する人間もいる。
狡猾な手法を使えば,特定の個人に対する「非難」や「イメージダウン」などの個人攻撃もできる。また,事実を自分に都合よく歪曲したり捏造したりすることもできる。

オオカミ少年の寓話と同じく,されてもいないことをされたと書くことで,自己正当化あるいは自分への同情・関心が向くように,さらには非難・攻撃した相手が悪いように思わせるという狡猾な手法を使う人間がいる。

このような悪意ある誹謗中傷の記事の真偽を確認することは難しいが,その「例証」と「文章・記事の不整合さ」に注視することで,ある程度は判断できる。

先ほどの例では,「誰に・何を・どの記事で・どのように…」という具体的な内容や出典などの例証がまったく記載されていない。「誹謗中傷・罵詈雑言を浴びせられた」「攻撃された」「非難されてきた」等々の抽象的な文言だけを延々と繰り返すだけである。これらが事実であるならば,きちんと出典をあげて明示すべきである。それができない理由は,それらが勝手な「妄想」であり,「独断と偏見」から「どこにも・誰も・書いていない」という事実を歪曲・曲解しているだけである。むしろ,それらをわかっていながら故意に,意図的に書いていると考える方が妥当だと思う。
「引用」についても,色を変えたり,< >を使ったりすることで「引用」のように見せかけてはいるが,その引用先や出典などは一切記載されていない。その「引用」(のように見せかけている)文章も自分が勝手に捏造しているだけである。

被害者を装う狡猾な手法で自己正当化をはかっているだけとしか思えない。

虚偽や捏造を繰り返し重ねることで,いつしかさまざまな矛盾が生じてきていることに気づきもせず,その結果,虚偽や捏造であることが露呈している。なぜなら,その人物の書いている内容,「非難」の言葉も「引用」の文章も一度たりとも見聞したことがないからだ。
しかし,そのようなことを,ネット上の不特定多数の人間が気にかけることもないだろうと考えての言動である。ましてBlogでは,毎日大量に書く記事などすぐにトップページから消えてしまう。計算しての意図的な策略である。

ネットモラルや個人情報保護,人権への配慮などを無視した言動を繰り返せば,本来自分が最も訴えたい主張や提言に対して正当な評価がなされるとは思えない。

何よりも虚偽や捏造で自己正当化をはかったり他者を貶めたりすることを執拗に画策する姑息さに辟易する。

このような人間が平然と好き放題なことを不特定多数に公開できるネット社会の無秩序と無責任さを危惧する。

posted by 藤田孝志 at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 断章と雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月13日

自己中心主義

光田健輔の言動を検証していると,偏狭な正義感と思い込みの激しさ,自意識過剰と思えるほどの強烈な自負心に唖然とさせられる。それらが彼の言動を支え,「絶対隔離政策」を遂行させたのである。

彼の性格・人間性を端的に述べるならば,【自分に賛同する者には限りなく優しく愛情を注ぐが,自分の意に沿わない者や反抗する者に対しては冷酷なまでの仕打ちを行う】という極端な自己中心主義である。

このようなタイプの人間を時として見かけることもあるが,光田ほど極端に「自己愛の強い人間」は,彼以外に一人しか私は知らない。しかし,この二人は実によく似ている。
他者の言葉に耳を傾けることもせず,明らかな時代錯誤やまちがいさえも認めず修正もせず,頑強に自説に固執し,自分の意に反する者には執拗な攻撃をし続ける。その他にも類似する面は多い。光田の心理分析はいつか考察してみたいが,もう一人については関わりたくもない。

両者に共通するのは歪んだ自尊心の過剰さであり,その根底には肥大化したコンプレックスがあると思う。コンプレックスからの攻撃性であり,過度の自己防衛本能である。自尊心とコンプレックスは表裏一体である。他者のまなざし(視線:評価)が気になって仕方がない。あえて自虐的な自己評価をするのも,逆説的な意味で他者からの高評価を望んでいる証拠であり,決して本心ではない。
本心は,他者からの羨望や尊敬を集めたくて仕方がない。その欲求の強さゆえの反動が,自分を認めない者,評価しない者への執拗なまでの攻撃性へと転化される。これも自己中心主義の結果である。

自分に逆らった者や賛同しない者,反する者への容赦ない対応,それも陰湿な言動と執念深い性向などは同質であるが,光田の場合は周囲や患者への威圧であり,もう一人の場合はネット上で展開される独善的な発言とモラルを無視した誹謗中傷である。

時代の違いはあるが,独善性から発せられた両者の言動が多くの人々を不快にさせ不幸に貶めていることは事実である。
このことに気づかないほど独善性が強い自己中心主義が,より一層の自他への不幸を生み出している。


今回の松本龍前復興担当大臣の傍若無人な態度と威圧的な暴言が大きな問題となっている。連日のニュース報道に刺激されたかのように,ネット上での批判・非難の書き込みもエスカレートし,彼の過去から人格・人間性にまで言及し,祖父である松本治一郎のことから部落解放同盟から解放運動に至るまで,あれやこれやと暴き立て,誰も彼もが一端の評論家・批評家のように論じている。

確かに彼の一連の言動については,誰もが眉を顰める不祥事であろう。高圧的な態度と命令口調,「してやっているんだ」という傲り高ぶりは,いったい何様のつもりだと思った。「被差別の現実に学ぶ」「被差別の痛みを知る」「被差別の立場」等々の部落解放運動が大切にしてきた反差別の姿勢は彼の中には育っていなかったのだろうか。部落出身者であり,過酷な差別を見聞してきた彼だからこそ,誰よりも「被災者の立場」に思いを寄せることができたのではないだろうか。

たとえ「被災者の本音」がわかるから代弁として知事に気持ちをぶつけたとしても,それがあの粗野な言動であれば,本末転倒だろう。

Blog【ストーン・リバー】に,次の一文が書かれていた。そのとおりと思う。

松本龍がたたかれ、愛想をつかされるのは、それこそ自業自得だし、身から出た錆だから仕方がない。しかし、それは部落問題にも大きな影となって墜ちてくる。藤田敬一さんは、「たった一人の言動が6千部落300万人の評価に関わると心して生きよと教えられてきたんです。たった一人の言動で『部落の人は』と言うんです。それが偏見なんです」と言った。だからこそ部落解放運動は、自分を厳しく律して生きることを教えてきた。これをわきまえていれば、あんな言動にはならないはずだ。

ただ,今回の件に関して,いくつかの新聞や雑誌の記事,Blog上での発言などを読んだが,面白半分の内容やここぞとばかりの非難,揚げ足取りの皮肉やイヤミには些かうんざりした。

特に,松本氏の言動,物言い,表現について非難を書いている本人が,他の事柄では誹謗中傷としか思えない内容や他者を侮蔑したり嘲笑したりする表現を平気で使っていることに呆れ果てた。
自分の書いた文章,使っている表現や言葉,今一度振り返ってみるべきではないかと思う。他者の人間性や品格を論評する前に,自分の品格や言動こそ顧みるべきだろう。

松本龍氏もまた「自己中心主義」に陥ってしまい,自分の言動を振り返ることのなかった結果が今回の件となったのだろう。彼もまた「裸の王様」だったのかもしれない。

しかし,彼は今回の件でそのことに気づいたことだろう。もし,気づくことができたならば,彼は成長することだろう。
だが,気づくこともなく,周囲の声に耳を貸そうともせず,誰からも示唆を受けず,逆に反発してさらに意固地になる人間はどうなるのだろう。

光田健輔のように「裸の王様」として生きてくのだろうか。


なぜ人は自己中心的な考えに陥るのだろうか。客観的な判断・多面的な視点の重要性を改めて痛感する。

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2011年06月26日

刑罰制度と治外法権

ダニエル・V・ボツマンの『血塗られた慈悲,笞打つ帝国』によって教えられたことは,治外法権を日本人の視点からではなく,外国人の視点から考えることであった。これは,従来の教科書記述にはない視点であり,見落としてきたことである。

もし逆の立場から考えてみれば,治外法権の重要性と必要性は十分にわかるはずだ。
江戸時代にタイムスリップした現代の医者を主人公にしたTVドラマが放映されているが,もし自分が彼のように幕末の江戸時代に投げ出されたとして,そこで行われる裁判や刑罰,処刑について考えてみるだけでも納得するだろう。

ボツマンの考察したように,日米修好通商条約の「治外法権」(領事裁判権)が,江戸時代の拷問・刑罰制度に対する欧米列強の恐怖による要求項目であったこと,それゆえ条約改正の絶対条件が日本の刑罰制度の改革であったこと,この歴史的背景は確かな事実であったと思う。

特に,幕末から明治初年に日本を訪問した多くの外国人が見聞した「攘夷事件」と実行した日本人の処刑は,日本の「血なまぐさい刑罰」を強烈に印象づけたにちがいない。


幕末の「攘夷事件」について,外国人襲撃とその顛末を中心に簡単な年表にまとめてみた。(攘夷事件

これらの事件は,やや誇張気味ではあるが,見聞した内容を詳しく具体的に本国である欧米諸国に報告された。

「鎌倉事件」について,処刑に立ちあったアーネスト・サトウは次のように書いている。

扉が開かれて目隠しされた1人の男が縛られたまま群集の間を引かれてきた。その男は荒むしろの上に膝まずかされた。背後の地面には血を受ける穴が掘ってあった。
付添いの者がこの男の着物を下へ引っぱって頸部を露出させ,刀の狙いを充分よくするために罪人の髪の毛をなであげた。刑吏は刀の柄に綿布を巻きつけて,刃を充分に研ぎあげてから罪人の左に位置を占めた。それから双手で刀を頭上に高くふりかぶってこれを打ちおろすや首は胴体から完全に切り離された。
刑吏はその首を持ちあげて,立会いの首席役人の検視に供した。その役人は簡単に『見届けた』と言った。首は穴へ投げ込まれた。

それから次の男が引き出されてきた。付添いの者は罪人をちょうどよい位置に膝まずかせるのに少々手こずった様子だったが,遂に人々の満足するようにやり通せた。
前回のように頸部が露出されるや前と別な刑吏が進みでた。そして,罪人の左に立ち,刀を振りあげ,前と同様な鮮やかな手並みで振り下ろした。付添いの者が首のない死体を穴へ抱え込んで,それをもみながらなるたけ速く血を流し出そうとしているのは身の毛のよだつ凄惨な光景だった。


欧米諸国にとって,自分たちが磔になったり切腹を強要されたり,あるいは拷問を受けたりする不安が残る限り,治外法権は絶対に撤廃できない条項である。

日本の刑罰制度の変遷について,簡単にまとめてみた。(刑罰制度の変遷

条約改正について,教科書記述のように「ノルマントン号事件」の不当裁判から欧米諸国の理不尽さと不平等さを強調する解釈では正しい理解とは言えない。

歴史を正しく解釈することの重要性,多角的な視点の大切さをあらためて考えさせられた。そして,この重要な視点は,部落史にも言えることだと痛感する。

一方からのみの分析・考察が陥りやすい過誤である。特に,「被差別」や「弱者」「民衆」という立場を強調しようとすればするほど,それらと対比する立場への批判が正当化され,しかも攻撃的な非難さえも肯定されてしまう。

「批判精神」は重要であるが,「批判すること」を目的に検証や考察に終始すれば「偏見や独断」に陥ってしまいやすい。また,特定の主義や主張に固執すれば,宗教のように「教条主義」に陥ってしまう危険性がある。

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2011年01月24日

汝自身の道を行け

毎年この時期になると,焦りと不安に苛立ったり,自暴自棄になったりする生徒が増えてくる。初めて迎える受験というプレッシャーは相当なものである。

今月末には私立高校のT期入試,来月初めには公立の自己推薦入試,その一月後には公立一般入試と続く,受験のチャンスが増えたとはいっても,目指す高校によっては逆にハードルが高くなっている。
自己推薦入試制度のメリット・デメリットの格差は大きい。全国的な傾向は「廃止」であり,本県も見直しに入ったが,新しい受験制度がよりよいものになるとも思えない。本格的な教育改革が必要と思っている。

生徒は,卒業という巣立ちの前に,大いなる試練に立ち向かう。


生徒が多様な人生行路に旅立つ姿を見ながら,果たしてどのような人生を歩いて行くのだろうと,いつも思う。各人がその人生において満足する日々を過ごし,自己実現を成し遂げてもらいたいと願う。

卒業生に贈る言葉として,私が好きな言葉がある。

【汝自身の道を行け,そして人々の語るにまかせよ】

この言葉を知ったのは,若き日に傾倒したマルクスの『資本論』序文である。

私は科学的な批判ならどんな批評でも歓迎する。いわゆる世論なるものには少しも譲歩しなかったのであるが、その偏見にたいしては、依然として偉大なるフィレンツェ人の格言が私のそれでもある。

   Segui il tuo corso,e lascia dir ie genti!
   汝の道を行け、そして人々の語るにまかせよ!

この「格言」は,ダンテの『神曲』の「汝は、汝の道をゆけ,そして人々にはその言うにまかせよ」である。

人間は,つい周囲や世間の価値観や風評を気にしてしまう。人の目を気にする。だが,時にはそうした世間や人の目を気にせず,自分の目指す道に向かい,そのために必要であるならば,時に回り道をしたり,時に型破りな言動を行ったりしても構わない。

ただ,自分の行為や言動によって他者に迷惑をかけたり,法から逸脱したりせず,自己責任を果たすならば…である。


自分のすべきことが明確に見えていれば,周囲や世間など気にしないものだ。人からの評価など,どうでもよいと思うものだ。なぜなら,人に評価されることや賞賛を受けることが目的ではないからだ。

周囲に理解されることや高い賞賛を得ることを目的とするならば,周囲からの評価や評判が気になって仕方がないだろう。周囲から見向きもされないことは屈辱であり,周囲が理解しないことが許せなくて,いつしか自分ではなく周囲が悪いと思い込み,理解しない周囲を攻撃するようになる。口先とは裏腹に,その言動には恨み辛み,皮肉とイヤミ,自己正当化が見え隠れする。


人のことが気になって仕方ない人間には,好きなように言わせておけばいい。人の評価は所詮,人がする評価であって,人の評価によって自分が生きているのではない。
辛辣な酷評の真意が善意からの貴重なアドバイスであることもあれば,悪意からの揶揄と愚弄でしかない場合もある。その評価がいかなるものであるかは,その人間の言動をよく知れば,内容と目的が自明のこととなる。

自分の人生を実現していくために,必要な助言に耳を傾ける謙虚さがあれば,無意味で無駄な雑音には耳を塞いでおけばいい。

捻くれた人間は,捻くれた評価や扱き下ろした文章しか書かない。イヤミな性格の人間は,いつまでたっても,何を書こうが,性格と同じく皮肉やイヤミの表現が随所に表れる。自分の書く文章や使う表現が他者を揶揄・愚弄していることや,他者を不快にしていることさえ気づかず,またそんな文章を平気で(意図的に)書くことができる人間の言動など捨ておけばいいのであって,相手にする価値もない。

自分が非難する相手の名前さえ間違って記述する程度のお粗末さ,バカバカしくて話にもならない。


この格言は,マルクスの自らに対する自戒のことでもあったと思う。

学問には坦々たる大道はありません。そしてただ、学問の急峻な山路をよじ登るのに疲労困憊をいとわない者だけが、輝かしい絶頂をきわめる希望をもつのです。

同じく『資本論』序文の言葉である。

私がマルクスに傾倒したのは,高校時代の先輩と恩師の影響が大きい。経済学よりもマルクス主義哲学に興味をもち,概説的な入門書から始め,マルクス・エンゲルス著作集から『ドイツ・イデオロギー』『経済学・哲学草稿』『ヘーゲル法哲学批判序説』『哲学の貧困』『ユダヤ人問題によせて』『フォイエルバッハに関するテーゼ』などを読んだ。『経済学批判』は読了できたが,『資本論』は読み終えることができなかった。
マルクス主義哲学に関しては,恩師に勧められた柳田謙十郎の著書がわかりやすかった。以後,手当たり次第に読み耽ったが,次第に哲学そのものへと向かった。
いつの日か機会があれば,『資本論』を通読したいと思ってはいるが,たぶん書棚の塵に埋もれてしまうことだろう。

しかし,マルクスのこの言葉は至言である。極貧生活の中にあって,ひたすら学問研究に没頭した彼の信念であった。真理の探究こそ,彼にとっての目的だった。彼の気概と探求する姿勢は学ぶべきである。

マルクスは,若い頃より歯に衣着せぬ辛辣な批評を書いてきた人物である。だが,それは「学問」「論考」に対する厳しい批判であって,学問や論考と関係のない論者の人間性にまで論じてはいない。

実名をもって文章を出版したり公開したりしている人間は,良識と節度を守っている。不確定なことを独断・憶測で書くことは決してしない。なぜなら,他者の名誉や人権に配慮することは当然だからである。それすら守らず,自分勝手な誹謗中傷を書くのは,校正のないネット上の記事か,週刊誌などのゴシップ記事の類だろう。


私の友人や知人,たとえば吉田栄治郎氏や石瀧豊美氏,山下隆章氏などの研究姿勢は,自らがすべき仕事(研究・活動)を選び,地道に,着実に成果を積み重ねている。他の分野における友人や知人にしても,同じである。

先日,久しぶりに植村義昌さんと電話にて話したが,充電期間を楽しんでいる様子だった。2年後に活動を再開する目標を立てて,それに向けていろいろと情勢を見ながら準備をしているとのことで,それまではHPも休止するそうだ。

私も同じ考えである。今しばらくは,充電期間にしたいと思っている。地下にもぐって社会情勢などを注視しながら,自分の研究を続けていくつもりだ。
口先ばかりの号令をかけるだけで,一向に前へと進まないようなことだけはしたくないと思っている。イヤミや皮肉を書き連ねることで,逆に品格を下げるよりも,地道に自らの研究を積み重ねる方を私ならば選びたい。
そうすれば,たった一つの事象にすぎないことを誇大解釈するような独善的な発想には至ることはないだろう。まさに「坊主憎ければ袈裟まで」である。

posted by 藤田孝志 at 12:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 断章と雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月21日

偏見の背景

ある若い女は,私に言った。
「わたくし,ある毛皮屋にひどい目にあわされましたのよ。預けておいた毛皮に焼きこがしを拵(こし)らえられて。ところがどう,その店の人はみんなユダヤ人だったのですの。」
しかし,なぜこの女は,毛皮屋を憎まないで,ユダヤ人を憎みたがるのだろうなぜ,そのユダヤ人,その毛皮屋を憎まないで,ユダヤ人全体,毛皮屋全体を憎みたがるのだろう。それは,彼女が,自分のうちに,反ユダヤ主義の傾向を,それ以前から具えていたからである。
…もし,ユダヤ人が存在しなければ,反ユダヤ主義は,ユダヤ人を作り出さずにはおかないだろう。

(サルトル『ユダヤ人』)

このサルトルの一文は,石瀧豊美氏の著書より教えられたものだが,「部落はこわい」の発想と同質のものであり,偏見や先入観の背景を端的に示している。

この「若い女」の発想,それは無意識であるかもしれないが,一度そのように思い込んでしまえば,それは彼女の中では矛盾しない確固たる事実となってしまっている。
この「思い込み」=「事実」(真実)という構図が偏見や先入観を形成してしまう。

一度思い込んでしまえば,以後はあらゆることが,その「事実」を証明する材料と化してしまう。反対のことも矛盾するできごとも,「思い込み」の前では無力である。如何様にも歪曲・曲解され,「事実」の証となり,「事実」はより強固なものとなる。だが,その「事実」はその人間にとっての「事実」でしかなく,その人間の単なる「思い込み」である。


このようにして形成された「偏見」「先入観」が差別の要因となり,人権侵害を引き起こしているのだが,この「若い女」のように,そのことに気づくことは少ない。

「偏見」や「先入観」は,人間をcategorizeする。「ユダヤ人」かそうでないか,「部落」かそうでないか…。その判断基準は「自分」でありながら,「みんなが…」と正当化の根拠と責任を他者に求める。

具体例など枚挙に遑が無い。
一部の教師の不祥事をネットのニュースで知ると,まるで教師全員がそうであるかのように教師批判を展開して恥じない人間もいる。全国にどれほどの学校と教師がいると思っているのだろうか。
サルトルの論法に従えば,その人間のうちに「反教師」の傾向が具わっているということになるだろう。これも「偏見」や「先入観」である。

先入観に固執した人間を「色眼鏡で見る」と表するが,まず偏見があり,それが先入観を形成し,その先入観にとらわれて物事を見るという意味である。

教師に対して偏見をもっている人間は,「反教師」という先入観から教師を見る。そして,教師に関するあらゆる事柄や出来事が,彼にとっては「反教師」の視点から判断が下されていく。まして教師に対する悪意や揶揄・愚弄の思い,攻撃の欲求が強ければ,それが目的となり,公正・公平な判断などできるはずもない。
「坊主憎ければ袈裟まで」である。あらゆるものが「教師」への攻撃材料と化し,意図的に独断と偏見で歪められて曲解・歪曲されていく。偏狭な精神の持ち主が自己正当化を繰り返す手法である。


世の中,実にいろいろな人間がいる。
自分の目線を変えることができる人間もいれば,自分の考えを絶対化し,自分の意と異なる者を排除する人間もいる。自分と異なる意見を認めることができない人間の視点は矮小である。
偏見や先入観がどれほど人間の視点を狂わしているだろう。偏見や先入観の「思い込み」が強ければ尚更である。

「目的のために手段を正当化してはならない」とは,私が常に思っていることである。
「目的」は人によって異なる。如何様にも大義名分を付加することはできる。理由付けもできる。自分勝手な理屈で「目的」を美化することもできる。そのような「目的」によって「手段」が正当化されれば,誹謗中傷も揶揄・愚弄も,さらには人権侵害の言動までもが正当化されてしまう。

Demagogieを可能にするのがネット社会の悪しき弊害である。それがいかに「虚偽」であっても言葉一つで「事実」とされてしまう。偏見や先入観をもつ人間が駆使する情報操作によって,いとも簡単に虚偽がさも事実であるかのように伝播されていく。また,それを知って作為的に行う人間もいる。それは故意による人権侵害である。

そうした行為でしか歪んだ心情を満たすことができないのは,小心者の姑息な手段でしかない。タコ壺の中から出ることもしない言動に,犬の遠吠えにも似た情けなさを感じる。


偏見が形成される要因はさまざまであるが,個人的な体験が大きな比重を占めている場合が多い。しかし差別の克服は,その個人的な体験を自ら検証することで,自らの偏見や先入観に気づき,自らの意識を変えていくしかない。

「ユダヤ人」ではなく「そのユダヤ人」であることに気づくことが重要である。自らの内部に,なぜ「ユダヤ人」に対する偏見が強くあるのかを問うことで,自らがもつ偏見の背景が見えてくる。

個人的な体験が強烈であれば,その反動から「思い込み」を正当化しようとする。特定の人間に対する恨みや憎しみをカモフラージュするために,正当化するために,その人間を含むカテゴリに非難の矛先を拡げる。

偏見や先入観がどのように自らの内部で形成されたか(要因),それが個別の事案であるか全体化(傾向)の可能性があるものかどうか等々を客観視すべきである。個人的な感情でしかないことを無理矢理にこじつけて一般化させることが「風評被害」を生み出す。

自らの言動が新たな偏見や先入観を他者に与えることになり,人権侵害を引き起こすことにも荷担することに気づきもしない。独りよがりの偏見や先入観ほど迷惑なことはない。

posted by 藤田孝志 at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 断章と雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月19日

人の評価

人の評価ほど気ままなものはない。自分にとって有益かどうかで,簡単に手のひらを返したような対応をする人間も多い。

人は自分がしてもらった恩義など簡単に忘れるが,人にされた非難や攻撃,自分の意に反した対応などは決して忘れることはない。
思うようにならなければ,自分の主張が通らなければ,いかに不合理で理不尽なことであろうが,相手の言葉尻をとらえて,筋の通らないことを無理矢理にこじつけてでも通そうとする。その際には,恩義や感謝の念など忘れてしまっている。


問題となっている「Monster parents」など,その最たるものだろう。
教育現場を知らない人間には理解できないだろうが,信じがたいほどの「現実」がある。昔にもいたであろうし,学校は社会の縮図と言われるように,現実社会の中にいる信じがたい人々の生態が凝縮されているだけかもしれないが,この十数年の間に明らかに増加してきたように感じる。

「社会の常識,学校の非常識」と言われる側面は確かにある。時代後れの閉鎖的な社会,古い規則と体質が今も根強い世界であることは否定できない。しかし,逆に一般社会では非常識であり理不尽な要求であることを,学校現場に通用させようと求めてくる生徒や保護者は増えてきている。

たとえば,給食費などを支払わないで平気な保護者は増加傾向にあるが,必ずしも経済的に苦しいことが原因とも思えない。もちろん,現在の不況の深刻さや経済格差の影響により経済的に困窮している家庭も増えている。
しかしその一方で,新車に乗り,親子ともに携帯電話を所持し,遊興費も十分に使っているにもかかわらず…,教材費や給食費,修学旅行の代金まで支払わず,そのまま卒業して踏み倒す人も多い。公表されないだけで,相当の人数と金額になっている。


学校現場の荒廃を教師の責任だけに押しつけて批判する人間ほど,現実の実態を知らない。現状を見聞もせず,マスメディアからの風聞や,本・雑誌からの受け売りで,尤もらしいことを述べることは,自らの軽薄さを露呈しているだけだ。

青森県の小学校教師が保護者を裁判に訴えた。このことに関して,マスコミ等が賛否両論の論評を展開している。
新聞やネット上でのさまざまなコメントを読みながら,いったい彼らの幾人が学校現場を実際に見聞し,内実を正確に把握しているのだろうと思う。教育問題には必ず登場する尾木氏も含めて教育評論家と称する方々が,全国各地の学校現場のさまざまな実態と課題,問題性を,実際にその場を何日間・何ヶ月間と共有した上で,論評しているのだろうか。
センセーショナルな表題を付けた教育問題に関する本を出版しているが,その表題からして「重箱の隅」を全体化して,マスコミ受けを狙い,世間の興味を引こうとする姑息な手段である。

彼らのコメントは,最初から「教師非難」を意図する人間にとって格好のネタになるのだ。つまり,結論は最初から用意されていて,それに上手く辻褄の合う「ネタ(材料)」を探している人間がいるのだ。その論旨には公正も公平もない。あるのは,教師を非難したいという目的だけであり,コメントを通して自分への評価を高めたいだけである。事実から正確に論旨を展開して結論を出すことはない。

先に「結論」ありきで,その「結論」を正当化するために,都合のよい材料(ネタ)を集めて,さも正論のように述べているだけである。

posted by 藤田孝志 at 05:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 断章と雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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